指先で3ミクロンまで感じ取る!日本の科学を支える「超職人」の素顔

「一発で、最高のものを作るべし」
中川 隆夫, ブルーバックス編集部

われわれ探検隊の目の前で、130ミクロンの厚みから100ミクロン分を削って見せてくれるという。

「昔はね、薄片にする過程で100回は顕微鏡を見て確認しろと、言われたものです。でも、私は弟子たちに、『見るな』と言っている」

大和田さんはそう話しながら、スライドガラスを手にとって研磨機に押しつけた(写真4)。

写真4:研磨する大和田さん写真4:研磨する大和田さん

研磨機は、鈍い音をたてながら高速回転している。回転板の上には、水分を含んだ研磨材が薄く流れている。

「この灰緑色に見える研磨材は、炭化ケイ素です」と解説しながら、大和田さんの指先は回転盤の中心から周辺へと移動する。

指先で押さえつけられたスライドガラスは、まるで生き物のように大和田さんの指の先でスライドしていく。押さえる位置をテキパキと変えていく、迷いのない指の動き。

ものの数分もかからなかった。

 

「これで終了。本当は最終工程のメノウ盤で磨く作業があるのですが(写真5)、今日は厚みの確認だから割愛します」と言って、スライドガラスを偏光顕微鏡に載せた。

写真5:最終工程であるメノウ盤上での手ずり研磨写真5:最終工程であるメノウ盤上での手ずり研磨

「やや黄色みがかった白色に近い色が見えるはずです。その色が見えるということは、やや厚めの30ミクロンということになります」

こう言って、顕微鏡をすすめた。大和田さんはここまで、ただの一度も顕微鏡を見ていない。自身の指の感覚だけで、新聞紙の半分の厚みを確認しているのだ。す、すごい……!

美しさの裏にある「セオリー」

偏光顕微鏡を覗くと、確かに大和田さんの言葉どおりの色が見えた。

干渉色」と言って、同じ鉱物でも、薄片の厚みによって色が変わって見える性質を利用しているのだという。

「ああ、本当だ」と顕微鏡から目が離せないでいると、横で声がする。

「これが"大和田マジック"です」と平林さんがにっこり。

通常は、岩石に含まれる鉱物の干渉色を見本と照らし合わせながら、その厚みを判断する。ところが大和田さんは、一度も偏光顕微鏡を見ない。見本と照合することなく、ピタリと厚さを合わせる──それが、大和田マジックの真髄なのだ。

でも、どうしてミクロン単位の厚さがわかるの!?

「う~ん、指先の感覚と、研磨材の流れ方かな」

ますます、大和田さんが職人に見えてきた。町工場の職人には、大和田さんのように、指先の感覚だけで精密機械のような加工をする人たちがいる。金属加工か岩石研磨かの違いだけである。

大和田さんに、あえて訊ねてみた。──指先で、どれくらいの厚さの差までわかりますか。

「右手の人差し指で5ミクロン、左手だと3ミクロンぐらいの感度がありますね。右のほうが日常生活のなかで他のことに指を使う機会が多いので、感度がちょっと落ちる」

なるほど。この感覚は、言葉で伝えられるものではなく、経験でつかんでいくしかない。大和田さんが「顕微鏡を見るな」と弟子に言うのは、感触や目視で判断して、厚さを一発で決めろという意味なのだ。

職人技といえば、機械生産とは対照的にじっくり時間をかけて行うイメージがある。ところが、薄片作りは「コツコツと丁寧に」ではダメだという。

「速く丁寧に、最高のものを作れと言っているんです。顕微鏡と研磨機を行ったり来たりしていると、スライドガラスに傷がつきやすい。それに、石に柔らかい粘土などが含まれていると、モタモタしているうちに水分を含んでふくらんでしまう」

つねに最高のものを──。それが大和田流。

日本には、薄片技術者が20人ほどいるそうだが、間違いなくその最高峰に立つ。もしかしたら、世界でもトップかもしれない。ヨーロッパでは機械化が進んでおり、大和田さんのような職人は減っているという。

「今のところ、顕微鏡を見ずに一発で決められる技術者は、私と平林だけ。それに追随するのがもう一人ぐらいかな。実は、全国の企業や大学からここに弟子入りしてくるんですよ」

大和田さんは、この道一筋36年。一方の平林さんは、音楽の博士号をもつ変わり種だ。

「子供のころに薄片を見て、その美しさが心に残っていました。音楽で海外留学したのですが、帰国したときに、薄片の美しさを忘れられずに、ここの門を叩きました。別名『薄片虎の穴』と言われているんですよ(笑)」(平林さん)

音楽と薄片の共通点を「美しさの裏にあるセオリーの存在」と、平林さんは表現する。

「研磨するときは、指先の感触だけではなく、音も臭いも使います。それらさまざまな情報から、厚みを推測していくんです」

「薄片化は不可能」とされた鉱物に挑戦

大和田さんたちが手がけるのは、産総研の研究者が採集してきた岩石の薄片づくりが中心。その歴史は、地質調査が開始された明治初期に始まる。

産総研の前身である地質調査所ができたのが1882年。産総研での薄片づくりは135年を数える。日本で薄片が作られ始めたのが約140年前とされるので、その歴史とほぼ重なる長さだ。

以来、技術を積み重ねてきたが、5年ほど前に大和田さんらが画期的な薄片作製法を生み出し、注目を集めた。世界初の「乾式研磨法」を確立したのだ(写真6)。

写真6:薄片作りに革命を起こした「乾式研磨法」写真6:薄片作りに革命を起こした「乾式研磨法」

「通常の『湿式研磨法』では、薄片作製の工程において水や油を使います。試料によってはふくらんだり、逆に縮んだりしてしまう。粘土のような柔らかいものが中に入っていると、正確な薄片作りができなかったんです」

乾式研磨法を思いついたきっかけは、鉄マンガンクラストの薄片作製依頼だった。

鉄マンガンクラストといえば、日本列島の近海海底で見つかり、希少金属が多く含まれると注目の鉱物。もともと海底にあるため、湿式では壊れやすい。さて、どうするか。

「薄片にできないものは、ない」と豪語する大和田さん。36年間、研究者のさまざまな要望に100%応えてきた。「できなかったらオレ、辞める」と声を上げ続けてきた自負がある。

そんな大和田さんにとっても、鉄マンガンクラストは"難敵"だった。

「悩みましたね。どうすれば、ちゃんと固まってくれるか。数ヵ月間、あまり寝られなくて」と、笑顔で振り返る大和田さん。悩んでいる時間がいちばん楽しいのだという。

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