「デジタル・レーニン主義」で中国経済が世界最先端におどり出た

一方、日本は「石器時代」のまま…
津上 俊哉 プロフィール

「情報の偏在」を解消するということ

この事例に潜む含意は衝撃的だ。IT企業が構築するデータベースは十分に「ビッグ」になると、情報の偏在がもたらす取引のコストやリスクを大幅に引き下げる効果があるということだ。

情報の偏在(「情報の非対称性」ともいわれる)とはこういうことだ。

例えばAirBnBは「信用できる人になら、空いている部屋を貸してもよい」という人と「評判の高い部屋なら泊まりたい」という人をスコアリング(多数者による☆評価)を介して結びつけるサービスだ。

これまで相手は信用できる人か?、その部屋はオススメできる部屋か? といった情報が偏在していたので、情報のない人は不安を感じ、取引に参加しなかった。そこでAirBnBが偏在していた情報を共有する仕組みを作ったことで、多くの人を取引に参加させる新たなビジネスが生まれた。

AirBnBは宿泊分野に特化したことで有用なデータベースを短期間で構築できたが、用途は宿泊仲介に限定される単能型だ。これに対して、アリババやテンセントが目指すのはもっと大規模で汎用型のデータベースだ。

 

見知らぬ相手とも取引ができる

同じくアリババが始めた個人の信用度を「見える」化するサービス「芝麻信用(ジーマーシンヨン)」は、まさにそんなデータベースだ。

BtoCの購入代金や公共料金支払いの履歴から始まって、個人の同意を得て学歴・職業・交友関係などのデータベースを紐付け・統合して、どれくらい信用度が高い人かを950点満点で採点する仕組みだ。

700点以上の高得点者になると、様々な恩典が付与される。最初はホテル宿泊時のデポジット手続きが不要、優待料金といったものだったが、政府がこの仕組みに相乗りし始め、北京空港のセキュリティチェック専用レーン通行権、シンガポールやルクセンブルグのビザ支給など魅力的な恩典がリストに加わったため、中国では多くの人がこのシステムに登録するようになった。

こういうシステムがあると、「見ず知らずの相手だが、信用レートが750点もあるので、まず大丈夫だろう」といった形で様々な分野で取引リスクのハードルを下げ、実現できなかったビジネスを実現することが可能になる。

それでも「事故」は起こるが、貸倒引当金のような形で処理できる範囲に収められる。「知らない相手である」ことがビジネスの障碍ではなくなる訳だ。そうすると、経済に何が起こるか。

ムラのような小社会のビジネスと大都会のような大社会のビジネスを対比してみよう。ムラでは成員みなが顔見知り、誰が信用できて誰が信用ならないかは共有知識になっているから、取引に伴うリスクやコストは小さい。その代わり、小社会だからビジネスチャンスが少ない。

大都会は逆だ。ビジネスチャンスは非常に多いが、成員は見知らぬ同士の場合がほとんど。見ず知らずの相手との取引はリスクが高いから、取引は既存の取引関係によるものや共通の知り合いによる紹介など、低リスクが保証されたものが大半になる。

「ムラと大都会のビジネスは一長一短」……これまではそうだったが、人の信用度を測れるようなビッグなデータベースが構築されると、見知らぬ人と取引するリスクのハードルが下がる結果、大都会の数多いビジネスチャンスを眠らせておかずに済む。

アリババが上記のようなマイクロファイナンスを始められたのも、BtoBやBtoCサイトと金融業(決済、預金、融資サービス)を兼営することによって、広さ・深さにおいて前例のない巨大データベースを構築できたからだ。

昨今「ビッグデータ」が持て囃される理由が筆者にはよく分からなかったが、アリババやテンセントの最近の姿を見て、ようやくつかめた気がする。情報の偏在を解消することで、経済(だけでなく社会も)を根底から変える力があるからなのだ。

それがいままでよく見えなかったのは、これまでこの分野のトップを走ってきたグーグルやアマゾンでさえ、いまのアリババやテンセントほど「ビッグ」なデータベースを構築できていないからだと思う。「ビッグデータはこうやって役に立つ」という分かりやすい実例が存在しなかったからなのだ。

情報の偏在を解消する巨大データベースは経済・社会に大きな効率向上・ビジネスチャンス拡大をもたらす。

それをどのように儲けにつなげるか(マネタイズの方法)は未知数だが、データベース構築に大枚の金をつぎ込んでも、ぜったいモトが取れる……アリババやテンセントは、そんな直観で動いているのだと思う。「決済で儲けようとは思わない」のは、そういう理由からだ。

中国のネット産業は、これまで先進国のビジネスモデルをパクって、広大な国内市場で展開するコピー産業だと言われてきた。しかし、この1、2年、その中国が世界の最先端を走るようになったのではないかと思わせるような変化が見えてきた。

ここまで、一例として一企業であるアリババの「芝麻信用」を取り上げたが、中国政府自体も、巨大データベースによる「社会信用体系」づくりを進めている。