ヨン様が韓国で「炎上」していた…!平成を賑わせた「あの人のいま」

芸能・スポーツ編
週刊現代 プロフィール

ヨン様が韓国で大炎上

だが次の人物は、意外な転身を果たした。

平成16(2004)年、巨人に入団が内定していた一場靖弘(35歳)だ。

明治大学時代、屈指の右腕として注目を浴びた一場はドラフトの目玉となったが、内定先の巨人が一場に「栄養費」名目で200万円を渡していたことが発覚し、入団は白紙となった。結局楽天に入団し、'09年にはヤクルトに移籍するが、4年で戦力外通告を受けた。

「引退後は、都内の看板デザイン会社に勤務した後、水戸市の通信機器販売会社で営業マンをやっていた」(運動部記者)

だが、通信機器販売会社もすでに退職。現在は、生命保険会社の「ジブラルタ生命」に勤務している。同社関係者が言う。

「一場さんが入社したことは話題になりました。保険会社にとっては、おカネを持っているプロ野球選手はいい顧客になりますからね。元プロを雇って、現役選手に営業で食い込むという作戦です」

 

そう。野球選手なら、稼ぐ人間は稼いでいる。平成18(2006)年に球界を引退した新庄剛志(45歳)の場合、現役時代に年俸とスポンサー契約料などで稼いだカネは44億円(税引き後に22億円)だったという。

「'10年からインドネシアのバリ島に移住し、モトクロス競技に没頭しています。

2000万円をかけた自作コースでプロレーサーを目指しトレーニング。今はテレビ出演のために年数回日本に『出稼ぎ』に来る状況ですね。『テレビは、毎回話題をつくらないといけないから大変だ』とこぼしていました」(新庄の知人)

その結果、昨年2月の番組では「かつて稼いだ22億円の大半は、資産管理を任せていた人物に流用された」と告白してみたり、9月には「自分の顔が飽きた」といって整形した事実を語ってみたり、となにやら自虐的なアピールが続いているが、それも相変わらずの「新庄流」なのかもしれない。

バリ島に移った新庄にならって、海外勢に目を向けてみよう。

平成16(2004)年、『冬のソナタ』で空前の韓流ドラマブームを作り出した「ヨン様」こと俳優のペ・ヨンジュン(45歳)は、'11年にドラマに特別出演して以降は、俳優業をやっていない。実業家になったのだ。

「ペが最大株主として出資し、設立した芸能事務所『KEYEAST』は、いまや韓国の芸能事務所で5本の指に入り、海外への韓流輸出ビジネスでも成功しています」(在韓ジャーナリスト)

順調にみえる実業家生活だが、昨年11月、ちょっとしたスキャンダルが、ペ・ヨンジュンを襲った。

「13歳年下の女優パク・スジンとのあいだの長男出産の際、『ペ夫妻がNICU(新生児集中治療管理室)で特別扱いを受けた』という話がネットで流れ、パク・スジンが謝罪に追い込まれたのです」(同)

いま、青瓦台(韓国大統領府)のホームページの請願コーナーには、「パク・スジンさんのサムスン病院の特恵を調査してください」という請願がアップされ、7万人近くが賛同している。

富豪夫婦へのやっかみもあるだろうが、「ヨン様」の神通力も、本国では衰えたり、といったところか。

Photo by GettyImages

リア・ディゾン(31歳)は、もともと名もない米国のモデルだった。だがネット上で「美人すぎる」と話題になり、平成18(2006)年、『週刊プレイボーイ』が日本での撮り下ろしグラビア撮影を行い、人気が爆発。

「『グラビア界の黒船』といわれ、掲載すると雑誌が完売することもありました。'07年に歌手としてもデビュー、紅白にも出場しました」(芸能記者)

ところが'08年10月に突然「できちゃった婚」を発表し、芸能活動を休止した。芸能記者が続ける。

「'09年には女児を出産しますが、翌年には離婚しシングルマザーになります。ニューヨークで母娘ふたりで生活していた」

今は、出身地のラスベガスに戻り、ネバダ州立大学ラスベガス校で心理学を専攻し、カウンセラーをめざしているという。

「米国で学業に励んでおり、芸能活動は控えています」(所属事務所)

「黒船」といえば、台北出身のグラビアアイドル、インリン・オブ・ジョイトイ(41歳)の名前も忘れられない。'00年代前半に過激な衣装で「M字開脚」したポーズで、グラビア界を席巻したインリンも、いまや3児の母なのだ。本人が語る。

「今は台湾で、ごく普通の主婦として生活しています。日本人の夫も現地の日系企業に就職して家族を支えてくれています」

実は、年に数回は日本に戻り、タレント仕事をしては台湾に戻る日々を送っているのだという。

「2泊3日みたいな日程が多いですね。私は仕事をするのが好きなので……3人分の子供の食事は作りおきをして、日本への『出張』に出かけるんです」(インリン)