銀座のキャバレー「白いばら」が、心から惜しまれながら閉店する理由

経営は順調だったのに
折原 みと プロフィール

「来年1月10日をもって閉店とする」

社長からそんな発表があったのは、2017年10月末のことだったという。青天の霹靂だ。開店前の館内放送でその事実を知らされたホステスも黒服たちも、耳を疑い、頭の中が真っ白になった。その日その瞬間まで「白いばら」がなくなることなど想像したこともなかったのだ。しかも、残された時間は2カ月余りしかない。
 
閉店の知らせに仰天し、悲嘆にくれたのは、長年通い詰めていた常連客も同じだ。ネットニュースで「白いばら閉店」が報じられると、常連客はもちろん、閉店を惜しむ全国のファンから予約が殺到し、あっという間に入店困難な状態になった。
 
私が初めて「白いばら」を訪れたのは、閉店発表から1カ月程経った、11月末のことだ。以前から噂に聞いて興味を引かれていたが、いつでも行けるだろうとタカをくくっていたのだ。

慌てて常連客の知人に頼み込み、ギリギリセーフの初入店。昭和のタイムスリップ体験に心躍らせ、ダイナミックなショーに夢中になり、何よりホステスさん達のホスピタリティに癒されて、いっぺんでこの店の魅力にはまってしまった。
 
どうしてもっと早く来なかったんだろう? どうしてこんないい店がなくなってしまうんだろう? せめてひとりでも多くの人にこの店を知ってほしかった。「昭和の輝きが残るグランドキャバレー」。その記憶を、ほんの少しでも何かの形にしたいと思った。
 

白いばらは安心して働ける場所

12月末、閉店の日を目前にひかえてますます予約は難しくなっていたが、最初の入店時に指名したベテランホステス・みくさんに何とか席を確保していただけた。

今回同行してくださったのは、少女漫画家の桜沢きゆさん。彼女はデビュー前の数年間、「白いばら」のホステスとして働いていたことがある。
 
「上京してデパートで働きながら漫画家を目指していた頃、ちょっと生活費が厳しくてバイトを探していたんです。バイト情報誌で求人を見て電話をしたら、ものすごく詳しいお店の紹介や仕事の説明が録音されたテープが流れていて。夜の仕事には不安があったけど、この店なら大丈夫だと思いました」
 

 

「白いばら」のホステスは、高級クラブに勤めるプロフェッショナルなホステスとは全く違う。桜沢さんのように、昼間は別の仕事に就いている「素人」の女性たちが多く、200人以上いるホステスの年齢層も20代から50代と幅広い

女の世界というと、ホステス同士の指名の取り合いや嫉妬、足の引っ張り合いがあるのではないかと想像してしまうが、この店では、そういうドロドロした諍いは起こらないという。
 
本指名されたホステスは仲のいいホステスや目をかけている後輩にヘルプを頼む。周りとうまく助け合って行ける協調性が必要なのだ。自分本位だったり、性格に問題があったりするホステスは、いつの間にか孤立し、辞めていってしまう。
 
お店は大きな家族みたいにアットホームな雰囲気でした。お客さんのマナーもいいお店なので滅多にないことですが、もしお客さんに身体を触られそうになったとしても、先輩のお姉さんがサッと間に入って助けてくれる。下心のある人にアフターに誘われても、お姉さんたちが何人も付いてきてくれて、みんなで飲みに行こう! ということになるんです。先輩のホステスさんや黒服さんにいつも『守られている』と感じていました。だから私でも働けたんだと思います」
 

折原さん(写真左)は15年ぶりに訪れるという桜沢さんと一緒に「白いばら」へ!

そう言う桜沢さんは、今回、店を辞めて15年ぶりに、当時お世話になった「お姉さん」と再会した。勤続37年、現役最年長ホステスの五月さんだ。ホステスにも黒服にも一目置かれ、現在もナンバーワンホステスとして人気の五月さんだが、15年ぶりに会う桜沢さんをしっかり覚えていた。
 
「蘭ちゃん(桜沢さんの当時の源氏名)、今幸せにやってる?」

「はい、とっても幸せに過ごしています」

「ならよかった! もっと、もっと幸せになってね」
 
五月さんの温かい言葉とハグに、桜沢さんは涙があふれ、それ以上言葉にならなかった。

お客だけでなく働く人たちにとっても、この店は優しい場所だったのだろう。