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名門・剣菱酒造が「伝統的な日本酒を造る」ために守っていること

白樫政孝社長に聞く

創業1505年、灘の名門酒蔵・剣菱酒造を取材した。歴史の名シーンを見つめてきたブランドだ。赤穂浪士が討ち入り前に飲み、江戸後期の著述家・頼山陽は幕府の咎めを受けそうな言葉を記すときにチビチビと飲み、土佐の山内容堂は、勝海舟から「脱藩した坂本龍馬という男を許してほしい」と頼まれたとき、下戸の勝に剣菱を飲ませた上で許したという伝説が残る。白樫政孝社長(40歳)に聞いた。

変えないための努力

【海の舟】

剣菱が長く続いてきた理由は「変わらなかったこと」でしょう。家訓が3つあり、その第1が「止まった時計でいろ」なのです。流行はどれだけ追っても、一歩遅れてしまいます。遅れた時計の時間が合うことはありません。でも止まっている時計は、1日に2度だけ時間が合う。この家訓には「お客さまの好みは時代とともに変わるが必ず戻ってくる。だから自分の味を守り続けよ」という意味が込められているのです。

ただしこれは「進化させない」ことを意味するわけではありません。海に舟を浮かべ同じ場所にいたいなら、時には潮目や風に逆らって一生懸命漕がなければならないはず。だから当社はいま、灘の酒に使う山田錦を守るため農業法人を立ち上げるなど「変えないための努力」を日々積み重ねています。

【サイクル】

家訓の2つ目は「お客さまからいただいた資金は、お客さまのお口にお返ししよう」というもの。売り上げを元に再び旨い酒を造り、お客さまにお譲りする。このサイクルを永久に続けるのが「商売」です。3つ目は「一般のお客さまが少し背伸びしたら手の届く価格までにしろ」。価格が高すぎると、お客さまとの信頼関係が崩れ、サイクルが続かなくなります。

 

【創業家】

剣菱は江戸の昔から株が売買され、オーナーが変わっています。私は白樫の家が経営を始めてからの四代目になります。学生時代まで「私のような者が跡継ぎでよいのか?」と疑問でした。経営はプロに任せるべきだと思っていたのです。

転機は酒造組合の行事で酒の飲み比べをしたことです。他社さんの酒は甘かったり、花のような香りが強かったり……。一方、うちの酒は米の味が強く、酸味、辛み、旨み、甘みが複雑に絡み合う昔ながらの酒です。飲むとすぐ「旨いとは思うが、流行の味ではない」と感じました。

そしてこの時、ふと思ったのです。プロの経営者は短期間で企業を成長させるのが上手な方が多いはず。一方、剣菱はそういう酒蔵ではありません。経営規模の拡大より「流行に流されないこと」「変えないこと」を尊び、経営に臨んだほうがよい結果が出せる企業なのです。こういった経営は、創業家の人間のほうが向いているはず。そこで父に「私にやらせてください」と頼み、今があります。

【旅】

趣味は料理です。例えばすき焼きを食べるときも、剣菱を全種類並べて温度帯も変え、どれが合うか味見しながら食事をします。非常に楽しいですよ。「剣菱」や「黒松剣菱」は、味噌、醤油を使った基本的な和食に合います。一方「瑞穂黒松剣菱」や「瑞祥黒松剣菱」は、炙った魚や、バターを使った料理に合います。

いま、剣菱は海外への輸出も始めています。フランスやイタリアのレストランを訪ねると「この料理に剣菱を合わせるのか」と驚かされることがあります。まるで、剣菱がおいしいものを探す旅をしているように思えます。

 

【土地】

「日本酒の業界にはなぜソムリエがいなかったのか」と疑問に思っていたのですが、最近、その疑問が氷解しました。日本は地域によって食文化に大きな差があります。だからこそ各地で、その土地の伝統的な料理とピタッと合う酒が造られていて、ソムリエは必要なかったのです。

最近、お米を削った「大吟醸」が高級だといった空気があります。しかし、これは近年の流行にすぎません。味はすべて似ていると感じます。食べ物と飲み物は合わせて一つ。その土地の食事は、その土地の普通酒と合う、と私は思っています。

【暖気樽】

当社はいまも、製法は一切変えていません。たとえば、お米を蒸す「甑」は今も木製。木が余計な水分を吸収してくれるからで、金属製を使うと味が変わってしまうのです。また、発酵中のタンクに、湯たんぽのような作用がある「暖気樽」を入れますが、当社ではこれも木製です。ほかの素材だと熱が一気に伝わってしまい、やはり味が変わってしまいます。

私は以前、第二次世界大戦中に戦闘機を製造していた会社に招かれたことがあります。そこで工場の方が「現在は技術が失われ、同じものはつくれない」と嘆くのを聞きました。そして日本酒の業界に目を向けても、やはり実態はかわりません。ここまで頑なに昔ながらの製法にこだわっているのは我々、剣菱だけなのです。

私は今後も、「伝統的な日本酒を誰も造れない」などという状況にならないよう、この日本人の叡智の結晶ともいえる製法と味を守り抜いていきます。(取材・文/夏目人生法則)

『週刊現代』2017年12月23日号より

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