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カズオ・イシグロ以外にも名作が!2017年の海外小説ベスト12

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鴻巣 友季子 プロフィール

映画監督は小説もうまい!

6 エミール・クストリッツァ『夫婦の中のよそもの』田中未来/訳 集英社

セルビアの鬼才映画監督クストリッツァ、初の小説集です! フランス語版からの重訳。

「黒猫・白猫」や「アンダーグラウンド」のあの監督がどんな小説を書くのかと興味半分で読んだのですか、マイッタ! というのが、読後の第一声。この人、小説を書いても断然いけているではないですか。

 

インテリ家庭に育った不良少年を主人公にした連作四篇と、独立した二篇が収録されていますが、後者の一編である中編「蛇に抱かれて」が、一頭地を抜くすばらしさ。戦闘の続くヘルツェゴヴィナの村で、牛乳運びをする「コスタ」と、兵士の許婚がいる娘との道ならぬ恋。戦勝の報せに村は湧き、帰還した兵士と娘の結婚式が迫りますが……。ここからは息もつかせぬ展開。

つねに生と死は交差し、円環する。ラストで、コスタは「明日は全く新しい、人生でただ一度の日になる」と思います。凄惨な経験のはて、この境地に至るまでの心の長い旅に、読者は思いを馳せ、深い感慨を覚えるでしょう。ちなみに、作者のみならず、気鋭の翻訳家・田中未来さんも大変な実力者です。

7 エンリーケ・ビラ=マタス『パリに終わりはこない』木村榮一/訳 河出書房新社

1920年代のパリには、世界中の天才芸術家たちが自由に暮らしていました。ピカソ、マチス、ストラヴィンスキー、コクトー、ランボー、ブレヒト……。ヘミングウェイの『移動祝祭日』の舞台となり、ウディ・アレンが『ミッドナイト・イン・パリ』で描いた憧れの都。

さて、ビラ=マタスが20代を過ごしたパリは、1970年代のパリ。本書はその疑似メモワールらしいのだが、とにかく抜群のエピソードが満載。主人公が出場する「ヘミングウェイそっくりさん大会」という導入から笑えるし、パリの下宿の大家はマルグリット・デュラスだし、歴代の下宿人には、カルト映画監督のホドロフスキーや、後の大統領ミッテランらが。カフェで、ロラン・バルトと会話、書店でジョルジュ・ペレックを見かけ、パーティでまだ無名のイザベル・アジャーニに睨まれて……。

パリとは虚構のシンボルであり、デュラスはビラ=マタスに言います。「とにかく書きなさい、一生書き続けるのよ」。こうして一人の若い作家は「パリ」すなわち文学を一生の恵みとして、宿啊として抱えこんだのでした。ああ、癒しがたきパリ。

8 ハン・ガン『ギリシャ語の時間』斎藤真理子/訳 晶文社

ブッカー賞国際部門(現在、事実上、ブッカー賞の翻訳文学部門となっている)受賞の『菜食主義者』で知られる韓国のハン・ガン。本書は、晶文社の叢書「韓国文学のオクリモノ」の一冊として出版されました。各社、魅力的な叢書があるので、ぜひ覚えておいてください。「韓国のオクリモノ」は、目下、パク・ミンギュの野球小説『三美スーパースターズ 最後のファンクラブ』と、キム・エランの短編集『走れ、オヤジ殿』も出ています。

『ギリシャ語の時間』は、冒頭「われわれの間に剣があったね」と始まる。「えっ、『トリスタンとイゾルデ』の一節?」と思っていると、これはホルヘ・ルイス・ボルヘスが自分の墓に彫らせた碑銘でもあるのです。聴力と発話力を失い古代ギリシャ語を学ぶ女性と、晩年のボルヘスのように視力を失いつつあるギリシャ語教師の男性……。

古代ギリシャ語は言語が洗練と精緻を極め、利便性のために簡略化され堕落していく一歩手前の、まさに落日の美を放っています。その言語がもつ、能動態でも受動態でもない「中動態」というモード、中動態の生き方。ギリシャ哲学とボルヘスの脳内をなぞりつつ展開する、美しく静謐な小説です。

ちなみに、「中動態」は今年のちょっとしたホットワード。國分功一郎『中動態の世界 意志と責任の考古学』も話題になりました。