水道橋博士がついに「ビートたけし正伝」を書く日

芸能界について書くということ【後編】
水道橋博士, 田崎健太

筆一本で世界を切り取る

田崎 やっぱりどんな仕事も長年続けている人には魅力があるし、その人なりの信念がありますよね。人間的な信用とか、愛嬌とか、仁義かもしれないけれど、何かしら一本筋が通ったものがあるから、長く続けられているわけで、芸能界の場合は特にそうですよね。そこは今後も取材していきたいと思っています。

例えば周防さんって、インターネット上などではまるで怪物のように言われて来ました。でも、ぼくは「週刊現代」に掲載された原稿の書き出しで、「週末を利用して孫たちにご馳走するためホテルへやって来たという風情だった」と書いたんですが、実際にその通りの柔らかな雰囲気の方だった。そして、話を聞いてみると、「怖い」とか「権力者」といった世間で肥大化したイメージとはいい意味で程遠い。義理に篤く、「なるほど、周防さんに頭が上がらない人が芸能界に多いのも頷けるな」と思いましたね。

人はいくつもの顔を持っています。ぼくの見た姿が全てではないにしても、これも周防さんのひとつの顔には間違いない。

だからジャニー(喜多川)さんにも、話を聞きたい。「週刊現代」でジャニーズについて書いた時、ジャニーさんを調べていくと、ストイックに自分の考える「藝」を追い求めている姿が浮かび上がってくる。人の才能を見極める天才だと思います。だからこそ、日本の芸能史で確固たる地位を築くことが出来た。もちろんその時もジャニーズ事務所には取材申請はしましたが、返事はもらえませんでした。

大崎さんが社長を務める吉本興業に関しても、まだまだ書き足らない。いずれは大崎洋という男を中心に、吉本興業という「ぬえ」のような組織を書いてみたいと思うようになりました。

ジャニーさんは、あと何年かすれば芸能界からいなくなるかもしれない。そして吉本興業もこれからの10年で大きく経営形態を変えることでしょう。それはノンフィクションの題材となりうる。ノンフィクションの成立条件って、どんどん変化していくじゃないですか。たとえば20年前に『藝人春秋』みたいな作品が成立したかというと、たぶんしなかったと思うんですよね。そもそも芸能界はノンフィクションの題材だと考えられていなかった。

博士 芸能界の裏側を正確に書いているノンフィクションって、確かに少ないもんね。

 

田崎 実際、「ザ・芸能界」を書くにあたって色々資料や先行作品を集めたんですが、参考になるものがほとんどない。もちろん、芸人については小林信彦さんの『日本の喜劇人』などの名作があります。また、吉本興業については増田晶文さんの『吉本興業の正体』という本がありましたが、それを除けば芸能プロダクションの「芸能界」については、個人史が残っているだけ。

これって、プロレスも同じだったと思うんですよ。(ノンフィクション作家の)柳澤健さんが『1976年のアントニオ猪木』を書いた時に、初めて「プロレスって、ノンフィクションの題材になるんだ」ってみんなが気づいた。その以前には井田真木子さんの『プロレス少女伝説』、あるいは高山文彦さんの『愚か者の伝説: 大仁田厚という男』というノンフィクション作品がありました。ただ、それぞれ単発に過ぎなかった。今に繋がる「プロレス・ノンフィクション」という鉱脈は柳澤さんが発見した。

だから、もしかすると今、ぼくや博士が「芸能界ノンフィクション」というジャンルを発見しつつあるのかもしれない。ぼくはノンフィクションを書くことの面白さがここにあると思っています。

つまり、自分の筆一本で、いまあるこの世界の新たな側面を見せられる可能性がある、ということです。「芸能界もノンフィクションの対象になり得る」ということを証明するために、博士とぼくは並走しているような気がするんです。

博士 ボクの場合は自分が芸人でありインサイダーでもあるから、そういう点では自家撞着になる時もありますよ。芸能人や偉い人と話していても、「コイツ、どっかでこの会話を書いちゃうんじゃないか」と思われたり、警戒されるわけだから。それはしょうがないけど。

それでも、自らストイックに藝や筆を磨いて、自分の正論、そして身の回りの倫理を際立たせて、単純に金や欲のために動く人間ではない、相手から「信頼できる書き手」であることを衆知させていく、その方法しかないの。