地方消滅を加速する、霞ヶ関の「地方自治体いじめ」の構造を暴く

予算で縛り、忖度させる
今井 照 プロフィール

自治体を襲う「計画地獄」

このような計画は、近年になって一段と増えています。私が調べた限り、現在、法律などで市町村に求められている計画策定業務は約160あります。【図3】はそれらの計画がいつごろできた法律によって決められたのかを累計したものです。まだ完全に調べ切れていないので暫定値ではありますが、特に2000年くらいから角度が急になっています。2000年には約70だったので、現在までに倍以上になっている。

【図3】現在、市町村に求められている計画の初年別累計(暫定値)
〔出所〕法律検索などを利用して筆者作成

前回記事で書いたように、とりわけ小規模な市町村ではこれらの仕事が大きな負担になっています。毎年毎年新しい計画が求められるだけではなく、一定の期間が過ぎれば計画の更新もしなければならないからです。

2014年5月、内閣府に置かれている地方分権改革有識者会議で、新潟県聖籠町の渡邊廣吉町長が「『分権がもたらす豊かさ』とは」と題したプレゼンテーションを行いました。国から日々求められる調査・照会事項や、法律などで半ば義務化される計画の策定が、町村の行政執行を阻害していることを指摘するものでした。

聖籠町では国からの調査・照会事項が年間420件あり、それに応じるためには延べ656人の職員が1日不眠不休で働く計算になる。また、各種の町の計画を策定するのに要する人員は延べ1800人の職員が1日中働くことに等しい。聖籠町の行政職員は118人とのことなので、調査や計画の負担が役場やその職員にとってきわめて重いことがわかります。

 

これは国による「自治体いじめ」だ

国が市町村に策定を求める計画には、いくつかのタイプがあります。一つは、法律で策定の「義務づけ」をしているものです。これはかつて問題となり、2009年9月に出された地方分権改革推進委員会第3次勧告で原則廃止されました。ところが、当時は政権交代の余波もあり、「義務づけ」から「できる」規定や努力義務規定への修正にとどまるものがほとんどでした。

「できる」規定とは、計画を「定めることができる」としたもの。努力義務規定は「努めるものとする」としたものを指します。いずれも先ほど触れたように、自治体にとっては国から実施予算を獲得する必要があるため、事実上義務と同じになってしまいます。

問題はそれだけにとどまりません。実は法律に決められていなくても、国からの通知文書などで計画を作らざるを得ないものがある。たとえば、総務省はこれまで自治体に対して、行政改革や職員削減などの計画を作るように求めてきましたが、これは法律に根拠があるわけではなく、「技術的助言」という名目の通知文書によるものでした。

「技術的助言」であれば、作る作らないは自治体の判断によると思われるでしょうが、実際にはヒアリングと称する面談などで、作ったかどうか、その内容はどうかといったことを調べられるので、結局、自治体は作らざるを得ないのです。

国全体にはさまざまな政策課題があります。そのうち私たちの生活に直接結びつく政策課題のほとんどは、自治体が担っています。特に市町村の役所が市民生活や地域社会に向き合って仕事をしないと、私たちの生活は豊かにならない。

それなのに、分権改革以降もこのようにねじ曲がった「国による自治体いじめ」が続き、市町村の役所は国に出す資料づくりに忙殺され、まったく余裕がないのが現実なのです。そんな厳しい状況の中で、コンサルタント業者などに「まる投げ」して行われる「地方創生」が、果たして地方に有益な何かを生み出せると、皆さんは思いますか?

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