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地方消滅を加速する、霞ヶ関の「地方自治体いじめ」の構造を暴く

予算で縛り、忖度させる

少子高齢化による人口減少を食い止めるために、国家プロジェクトとして進められている「地方創生」事業。地方自治総合研究所の今井照主任研究員によると、同事業をはじめとする多様な「計画策定」が自治体の日常業務を圧迫し、自治体の本来の機能を低下させているという。データからその厳しい現状を明らかにする。<連載第三回はこちら>

 

「地方分権」実は、全然進んでいない

前回の記事では、地方圏の人口減少対策として打ち出された東京23区内の大学立地規制が、むしろ地方圏の高校生たちに痛みを強いる結果になることを確認しました。

そもそも「若年世代が東京圏に集中することで地方圏の人口減少が進んでいる」という認識からして間違っているので、そのための政策も結果も、目的と逆方向に向かってしまうわけです。

実は、世間に反対する人が少ない「地方分権」でも似たようなことが起きています。「分権」を進めれば進めるほど「集権」が進んでいる。【図1】は、北海道の市町村に「国から各自治体へのコントロールは、概して強化されていると感じますか」と聞いた結果です。なんと3分の2の市町村が「強化されている」と答えています。

これは驚くべき数字です。国会が全会一致で「地方分権の推進に関する決議」を行ったのが、宮澤内閣時代の平成5(1993)年。すでに20年以上が経過しているのに、どうしてこんな結果になってしまったのでしょうか。この失敗もやはり、「地方分権」を誤って理解した国政に原因があるのです。

地方をコントロールする「手口」

同じ北海道での調査には、次のような質問もありました。「各自治体から国に対する声・要望は、概して届きやすくなっていると感じますか」というもので、【図2】がその結果です。市町村の声が国に届きやすくなっていると答えた市町村が半数を占めている。

届きにくくなっていると答えた市町村も4割を超えているので、拮抗しているという表現が正しいとは思いますが、それにしても、「国からのコントロールが強化されている」が3分の2を占めた【図1】の結果からすると、やや意外な感じを受けます。

【図2】国に市町村の声が届きやすくなっているか
〔出所〕図1と同じ

この調査を実施した北海道大学の研究チームは次のように分析しています。

「政策の実施に関する自由度は(好む・好まざるを問わず)自治体が有するようになった一方、政策を実行していくための大枠となる制度や交付金申請等、手続きに関する自由度については国が(却ってこれまで以上に)強く握ることになった」(出典:【図1】と同じ)

つまりこういうことです。以前は、国が考案した政策を、法律や補助金などを使って自治体にやらせることが多かった。健康保険や年金のように、一律に給付する制度がそれに当たります。確かに、生活水準を上げることが優先される開発国家型の行政であれば、そのやり方でもある程度までは通用しました。

ところが経済が成熟し、地域社会や市民生活の多様性が際立ってくるとそうはいかなくなる。地域の個別の事情について、国は何もわからない。自治体から政策アイデアを提案してもらわないと国は政策を立てられない。それなのに、大きな財布は相変わらず国が持っている。このお金をどう配分するかというところに、自治体に対する国の権限の源泉があるので、国は簡単には財布を手放しません。

そこで国はどうしたかというと、自治体で成功した政策アイデアを事例集にして、その中から選択した政策を実施する自治体にはお金を配ることにしたのです。自治体には政策事例集から何を選択するかという計画づくりが義務づけられます。正確に言うと、義務づけはしていないのですが、「お金を申請するなら計画書を添付してください」という形で、計画づくりを実質的に義務化したのです。