芥川賞候補になった私を「外国人枠」と雑なくくり方をした人たちへ

“あの子”たちに宛てて私は書き続ける
温 又柔 プロフィール

書評でとりあげられたいし平積みにされたいけど

「〇〇は純粋すぎるんだよ、そんなんじゃ世の中渡っていけない」

「……そんな世の中でいいと思ってるの?」

かのじょの純粋な怒りが私を鼓舞する。

日本人のふりをすることではなく、ましてや外国人として要領よく開き直るのでもなく、強いていえばその中間地点ともいえるような空間に留まりながら書くことが私には重要なのだ。

私の作品を「評価」してやろうと待ち構える人たちのうち、著者である私の国籍や姓名、来歴によって、これは「外国人」が書いたものだと決めつけてかかる者のために、「もっと普遍的なことを書かなければ」とは思わない。

むしろ、そういう考え方の持ち主たちにこそ、私にとっての「日本」もまた、この国のまぎれもない一部なのだと納得させられるような作品を、しつこく書き続けたいと思う。大事なのは、それを成し遂げる“ほんとうの実力”が自分にはちゃんと備わっていると信じ続ける気持ちなのだと感じながら。

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……私にとって少々騒がしかった夏は過ぎ、秋がきて冬になった。

「私たちの言葉は国境を越えて羽ばたく」

これは、私の2冊目の小説の帯にあることばだ。

“あの子”はきっと、「第157回芥川賞候補作」の部分よりも、こちらに惹かれて、この本を注目したはずだ。

今も私は日々小説を書いている。

書きながらも気持ちが乱れたり、自信を失いそうなことがあると、冒頭に挙げたアップダイクの発言を思いだす。

「わたしは、書いているときは、ニューヨークじゃなくて、カンザスのちょっと東のあたりの地域を、漠然と心のなかで目標にしています。そこの図書館の棚に置かれるような本を書きたい、と。カバーははずされ、もう何年も前からあって、田舎の十代の子によって見つけられ、その子にむかって語りかける、そういう本です」

 

新聞や雑誌の書評欄でとりあげられたい。

書店に平積みにされたい。

……しかしそれは、越えるべきハードルではあっても、決して目的そのものではない。そのことによって自分の書いた小説が本となり、その本が書店にならべられ、全国の学校図書館にも行き渡るようにと願っている。

私のことばを求めているであろう“あの子”たちの目に届くところに自分の本を置いてもらうことが私にはいちばん大事なのだ。

温又柔(おん・ゆうじゅう)小説家。1980年台北生まれ。3歳より東京在住。著書に『来福の家』『台湾生まれ 日本語育ち』(共に白水社)、『真ん中の子どもたち』(集英社)。音楽家・小島ケイタニーラブとの共作CD付き作品集『わたしたちの聲音』(sunnyboybooks)。
台湾人の母と日本人の父の間に生まれ、日本で育った琴子、同じく台湾人・日本人のハーフである嘉玲、両親とも中国人で日本で生まれ育った舜哉。上海の語学学校で出会った3人は悩みながら友情を深めていく。日本、台湾、中国という三つの国の間で、自らのアイデンティティを探し求める若者たちの姿を描く青春小説。