芥川賞候補になった私を「外国人枠」と雑なくくり方をした人たちへ

“あの子”たちに宛てて私は書き続ける
温 又柔 プロフィール

「芥川賞最終候補」のネームバリュー

2017年の夏の出来事を一つ。

昼食どきを少し過ぎた時刻。オフィス街のビルの中にある某チェーンのカフェにいたら隣の席で、大学生と思われる女の子が同級生らしい男の子を相手に喋っていた。

「こないだゼミの先生の学会の手伝いをしたとき、偉そうなオジさんが来たんだよね。ううん、ちがうの。登壇者としてではなくて。で、そのひとが懇親会のとき、一人一人に、何を研究してるの、とか、どんな論文を書くつもりなの、とか色々聞いてて。いちいち上から目線でアドバイスしてるんだよね。わたし、自分のそういうのあんまり言いたくないからさっさと逃げ帰っちゃった。あとになって先輩から、あのひと××だよ!って言われて……」

「まじで!」

「ぜんぜん顔を知らなかったから、すごくがっかりしちゃった。あんなに威張ってるオジさんだったなんて……」

「残念なことをしたね。せっかくのチャンスだったのに!」

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女の子が、どういう意味? と訊き返す。男の子はそんなこともわからないの、という調子で続ける。

「××さんに気に入られたら、何かと引き立ててもらえるかもしれないし。逆に、あのひとに嫌われたら、色々大変そうだし……」

聞き耳をたてていた私は、男の子の反応に少しがっかりする。女の子の声はあきらかに苛立っていた。

「……だから皆、あのひとに気に入られようと思ってるわけ? そうやって皆してちやほやするから、ああいうオジさんってますます偉そうにするんじゃないの? なんかもう悪循環だよね?」

ほんとうにその通りだ、と私は心の中でうなずく。興奮気味の女の子をたしなめるつもりもあったのだろう。男の子はどことなく斜に構える調子で、

「○○は純粋すぎるんだよ。そんなふうでは世の中渡っていけない……」

世の中? と言い返す女の子の声がうわずる。

「××くんは、そんな世の中で本当にいいと思ってるわけ?」

男友達――もっと親密な関係だった可能性もあるが――に喰ってかかるかのじょの叫びが他人事には思えず、私は胸を震わせた。

 

その時期の私は、ちょっとした喧噪の中にあった。

3月に発表した小説が、芥川賞の最終候補作になり、それがTVや新聞で報道された直後だったのだ。

選考会までは、あと1ヵ月ほど待たなければならなかった。

熱っぽくもあわただしい日々がはじまる中、私が最も嬉しかったのは、候補作となった作品の書籍化が決定したことだった。

雑誌で発表したきり、担当編集者たち――私は時折、著者である自分以上にかのじょたちのほうが私の作品を大切に思ってくれていると感じて、いつもとても励まされた――が、社の上層部に対して懸命にかけあってくれながらも、本になるという話はなかなか進まなかった。採算はとれるのか? それが大きな問題だった。私や、私の志に共鳴してくれる人たちにとっては重要な作品だとしても、それが「商品」として価値があると判断されるかどうかは別の問題なのだとつくづく思い知らされた。

ところが、芥川賞にノミネートされたことが判明した翌日、私の作品の書籍化はあっさり決定した。理由は明白。少なくとも「芥川賞候補作」と銘打つことができるから。今の日本において、純文学と呼ばれるジャンルに属する本を売り出すうえで、この賞のネームバリューはそれほどまでに威力のあるものなのだ。とりわけ、その本の著者が無名の新人である場合は。