小学校低学年の頃から、江戸川乱歩の作品やシャーロック・ホームズのミステリーに夢中になったんです。やがてSFや時代小説へと興味は広がり、読書の楽しさに魅了されていきました。
今読んでも、そんな少年期の「読書の喜び」を思い出させる作家の一人が宮部みゆきさんです。
宮部さんの好きな作品は『小暮写眞館』。ある一家が、昔写眞館として使われていた建物に引っ越しをするところから物語が始まり、心霊写真騒ぎなどが起こる過程で、主人公の少年が少しずつ成長していくんです。
少年の視点を通して語られる世界がすごく愛おしくて、読了後は「もう終わってしまった」という、名残惜しささえも感じてしまいました。
坂口安吾は高校生の頃に国語の教科書に「ラムネ氏のこと」という短編が載っていたのがきっかけで知りました。
ラムネの玉を発明したのはラムネという人だというところから、話がどんどん展開して、江戸時代の戯作者まで言及される。
吹きあげられて蓋になるラムネの玉も、色恋のざれごとを業とする戯作者も滑稽だけど、しかしそれは「男子一生の業とするに足りる」という一節は高校生の僕の心に強く響きました。
その流れで読んだ安吾の『堕落論・日本文化私観』は僕の考え方の原点になっています。安吾は今まで当たり前だと思われていた倫理とか道徳とか、旧来の価値観を全て嘘だと突きつけて、その先にある「真実」を見つめる。
特に収録されている「日本文化私観」は日本の伝統や国民性についてまっさらなところから見つめ直すんですが、これが戦時下の弾圧が厳しいなかで書かれていたという事実にも余計に凄みを感じさせます。この本は安吾の抵抗の証でもあったわけなのです。
「戦争」というテーマを感じさせる作品で他にも印象的なのは、『紙屋町さくらホテル』ですね。井上ひさしさんは劇作家ですが、僕は俳優として井上作品に何回か出させていただいています。「紙屋町」も演じています。
井上さんの演劇は戦争をテーマにしているものが多い。子どものときに戦争を経験して、それがどれだけ許せないものかを一貫して書き続けた。
舞台は敗戦の色が濃い、昭和20年の広島。天皇の密使としてひそかに全国をまわる海軍大将や、ある人物を監視する目的を持った特高警察など、様々な思惑を持つ人たちが広島の紙屋町さくらホテルにやってくる。