道路封鎖により、ガソリンやガスの供給が止まったネパール。車やバイクでの移動ができなくなり、人力車が活躍することに。チャンスとばかりに、通常の何倍もの代金を要求する車夫が続出した(写真:著者提供)
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中国の「ネパール併合」を阻止しようとするインドの大劣勢

アメリカまで巻き込み大騒ぎ

パスポートなしで行き来できる

外交面において、伝統的に非同盟中立を維持してきたものの、実際には、インドとの強い結びつきを保ち続けてきたネパール。ところが昨今、「一帯一路」の旗を掲げて南下する中国によって、インドの勢力圏から引き出されそうになっている。

その目的は、ネパールを媒介とした南アジアへの進出。こうした動きに、警戒心を募らせるインドは、ネパールとの関係強化を図るべく、さまざまな対策を講じている。

冒頭に記したとおり、ヒンドゥー教をベースとする同一文化圏にあるインドとネパールは、政治、経済、文化など、あらゆる面において親密な関係を築いてきた。どれほど近しい関係であるか、ひとつ例をあげるとすれば、ちゃんとあるにも関わらず、一見、ないに等しい国境である。

印パ国旗紛争や中越国境紛争、イラン・イラク戦争などなど、国と国との境界線を巡る諍いは後を絶たない。そのため、いずれの国も国境に軍や警察を配し、厳重な警備にあたっているのだが、ネパール・インド間は非常に緩い。なんと、ビザやパスポートなしで、ネパール人がインド側の職場に通ったり、ショッピングに出かけたりと、お互い自由に往来できてしまうのだ。

そんな、きわめて友好的な関係にある両国だが、ただのひとつも揉めことが起こらないというわけではない。ときには、国民生活が危ぶまれるほどの大事が発生することもあるのだ。

記憶に新しいところでは、2015年9月、ネパールで公布された新憲法をめぐるトラブルである。

ネパール南部に広がる平野部のタライに暮らすインド系住民。生活スタイルはインド式だ(写真:著者提供)

ネパール南部のタライという平原地帯に、「マデシ」という人々が住んでいる。その多くはインド・ビハール州からの帰化民であり、言語や生活文化もインド式だ。

インドは、この「マデシ」を支援してきた。その一環として、ネパールが新憲法を制定するにあたり、制憲議会における「マデシ」の議席数の確保を求めたのである。

ネパールにおける中国の影響力が強まりつつあるなか、親インド派住民の政治力を保持することはきわめて重要だ。ところがネパール側はこの要望を聞き入れず、新憲法を公布してしまったのである。

怒ったインドは、国境主要道路の封鎖という策に出た。ネパールへの物資輸送トラックの通行を止めてしまったのだ。ネパールは、石油やガスはじめ、食料や衣類、日用品に至るまで、インドからの輸入に頼っている。国民生活は深刻なダメージを受けることになった。

5ヵ月後の2016年2月、ネパールのオリ首相訪印をきっかけに、道路封鎖は解除された。辛うじて経済危機を脱したネパールだが、問題は思わぬかたちで尾を引くことになる。

2016年11月9日、偽札の増加やブラックマネーの一掃を目的に、インド政府が突然、それまで流通していた高額紙幣(1,000ルピー札と500ルピー札)の廃止を宣言した。年内であれば、新たな紙幣に交換できるとのことだったが、新紙幣は不足状態であり、銀行はわれ先にと交換を求める人たちであふれかえった。

ネパールやブータンも混乱に陥った。両国がインドとの輸出入を行なう場合、インドルピーで決済することが義務付けられているため、大量のインドルピーを保有しているからだ。

 

ネパール庶民の動揺も激しかった。インドルピーとネパールルピーの対価は、1対1.6の固定相場制となっており、インドルピーはネパール国内でも使用できる。国境沿いの人のなかには、インドルピーでタンス預金していたりする人も多い。そんな虎の子が、2カ月後には紙くずと化してしまうのである。

交換期限に間に合わず、旧紙幣を抱えたままの人は少なくなかった。インド政府は、改めて交換の機会を設けると発表したが、未だ実現に至っていない。一方で、ブータン国内の旧紙幣は、すべて新紙幣に交換してもらったという。  

こうした対応の違いは、インドに対する忠実度によるものというのが大筋の見方だ。

「ブータンは、インドのいいなりだから優遇された。ネパールは、新憲法を作るときにインドのいうことを聞かなかったから、ペナルティを課せられた」というのだ。

ネパール・インド両国はたしかに親密である。しかし、対等な関係にあるわけではない。有り体にいえば、インドはネパールを属国とみなしている。ゆえに、インドに従順であれば目をかけてもらえるが、反抗的な態度を見せれば平手打ちをくらうことになるのである。