「日航ジャンボ機墜落事故」が日本人の心に落とした影

久米宏も絶賛の小説はこうして生まれた
樋口 毅宏 プロフィール

忖度もしたしゲス不倫もした

ああ、これでもう大丈夫だ。14歳の夏の日、テレビから受けた、心のやわらかい部分を土足で踏み躙られたあの感情をすべて葬り去ることができた。そう思っていた。甘い考えだった。

脱稿して、編集者と校正のやりとりを重ね、デザインが決まって校了すると、1冊の本になって書店に並ぶ。自慢のわが子を世間に知らしめようと、著者である親はプロモーションに勤しむ。

 

「いっぱいの人に読まれるといいね。俺もインタビューやイベントをやって宣伝するから!」

これが通常の、作家と本の関係だ。

しかし、『アクシデント・レポート』は違った。

43人の証言と55人の中学生の遺書は、世に出て行ってくれようとせず、いつまでも家の中に引き篭もった。

規格外のものを産んでしまったと苦悩した。わが子を持て余ます親とはこのような心情か。家にいる怪物と目を合わせたくなかった。フランケンシュタイン博士の気持ちがよくわかった。

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連載していた媒体の版元を頼りにしたが、「内容が差別的すぎる」という理由から単行本化を断られた(この手のことは初めてではない)。途方に暮れるしかなかった。

生活は荒んでいった。忖度もしたし、ゲス不倫もした。ビール瓶で力士の頭を殴ったりもした。

そこに追い打ちをかけるように、妻は私を見捨てて、赤ん坊と家から出て行ってしまった。人生で最悪の絶望感だった。