中村江里子が伝える「フランスの暮らしは想像以上に大変」

便利すぎる日本が逆に気になる
中村 江里子 プロフィール

もちろん、サービスの悪さやこのようなルーズさは、特に日本をはじめ外国に出たとこのあるフランス人たちは、「恥ずかしい」と言っています。「日本は素晴らしい」とも繰り返します。私はフランスで『NAAANDE!?』というフランスと日本の文化、習慣、考え方の違いを紹介する本を出版しているのですが、多くの方々から日本の繊細なサービスや文化についてもほめていただきます。

『NAAANDE!?』は文庫化もされた。写真提供/中村江里子

このサービスの悪さ、フランス人も「改善すべきだ」と思っているようですが、それには根本的な考え方を変えなくてはならず、時間がかかるのだと思います。

つまり、日本の便利さは世界に誇れるもので、これは日本人ならではの細かい心遣いや勤勉さにより実現しているものなのだと実感しています。

でも、それが当たり前と思ってしまっているのなら、一度便利さから離れてみるのもいいのではないでしょうか?

自分でできることは自分でやる。

相手に求めない。

批判しない。

そうしてみると、「していただけること」に感謝が生まれます。そして不便さが、心地よい人間関係を生み出すこともあると思うのです。

 

河合雅司さんは『未来の年表』で、日本の素晴らしすぎる便利さについて、「これを可能にしたのは、日本の技術革新とそれを使いこなす質の高い労働力」であり、素晴らしいことではあるが、「どんな仕事にも、“程度”や“頃合い”があるということだ。超高齢化社会を迎えて、外出が不自由な人や手助けを必要とする高齢者も増える。こうしたサービスを担う人手を確保するためにも、不要不急のサービスを見直し、『不便さ』を楽しむぐらいの社会としての余裕をもちたい」と書いていらっしゃいます。

まったく同感です。最も必要とされることが後回しになり、生きにくくなっています。何でもかんでもスピード勝負。でも、なんでそんなに急がなくてはいけないのでしょうか。そうなるとギスギスして生きにくくなります。だから、おおらかでなくなり、いらいらしている人が増え、思うようなサービスが受けられないと文句を言ってしまうのです。

“良い加減”を知るべきだと思います。作家の田辺聖子さんが、かつて「良い加減はええかげん」と書いていらしたけれど、そういう意味での「いいかげん」も良いのではないでしょうか。そして、他人の“良い加減”も認める余裕がほしい。

不便さが、人とのつながりを強めるような気もします。


中村江里子 なかむら・えりこ 1969年東京生まれ。1991年フジテレビ入社。アナウンサーとして活躍したのち、1999年に退社。2001年にフランス人のシャルル・エドワード・バルト氏と結婚し、パリに居住を移す。現在はパリで3人の子育てをしながら、パリと東京を往復。テレビや雑誌、講演会などの仕事を続けている。1年に2冊刊行しているムック本『Saison d' Eriko』で毎号パリ発の最新情報を伝えている。最新号は『Saison d’ Eriko Vol.7』