便利でないと怒るのはなぜか

ただ……日本人の気質なのでしょうが、次から次へと改善させていくべく努力をした結果、大切なことを忘れかけてきているような気がします。サービスは、そこに支払いがあったとしても心で受けるもの。それが心を忘れて、やらなくてはならないマニュアルになり、それができないと叱責されたり、そのサービスが受けられないとすごく不満をいってしまったりしていないでしょうか。

もちろん日本のように「しまった!」ということに対応してくださるサービスは素晴らしいことです。そのスピードとサービスとを実現できる日本は素晴らしい国です。
でも、毎回それが必要なものなのでしょうか。例えば宅配便は、なぜそこまで急いで受け取らなくてはならないのでしょう? サービスがそこまで素晴らしくなくても、穏やかに幸せに暮らしていた時代があったのではないかと思うのです。

友人から聞いた話です。その友人は、ある方に頼まれて、荷物の発送の手続きをしました。急ぎではなかったけれど翌日の午前中にできると言われてそれを指定しました。その翌日、12時ごろ「宅配便が着かないのは一体どういうことか」と友人に怒りの電話が入ってきました。トラッキングナンバーでチェックすると、宅配業者のミスで別の県にその荷物が行ってしまっていました。

業者の方は平謝りし、その日の夕方には必ず送りますと言ってくれました。急ぎの荷物ではなかったし、誠意をもって迅速な対応をしてくれたことにお礼も言って、荷物を待っていた方にその旨をお伝えすると、その方は「待っていた時間をどうしてくれるつもりだ!」とまだ怒っていらしたそうです。

そんな風に心が痛くなるやりとりをしなければならないのなら、なくてもいいサービスがたくさんあるような気がします。私は別の県に行った荷物がその日のうちに届くことに驚愕したくらいです。

便利さが、私たちの生活のスピードを速め、心の中の穏やかさを奪っていっているような気がします。

冬休みの旅行中に修繕をお願いしたキッチン。2週間の予定日を超えても当然のごとく終わっておらず、使えるまでさらにひと月かかった。写真提供/中村江里子

フランス人はルーズともいえますが、おおらかとも言えます。1分1秒に目くじらを立てることはありません。遅れてきても謝らない方も多いかわり、相手にも怒りません。

例えば、こちらで長くお仕事されている日本人の方とのミーティングがあったときのこと。車で向かっていたのですが、渋滞でちょっと遅れそうだったので、「10分ほど遅れます」と連絡を入れたら、大感動されました。「こんな風に連絡をしてくる方はいないのですよ」と。

私も45分待たされたことがあり、何か事故でもあったのかしら? と心配をしていたのですが、その方はにこやかに登場し、遅れたことに一切触れずに本題に入りました。勿論、すべての方がそうではありませんが、時間の感覚が違うのではないでしょうか?