ユニクロに「仁義なき戦い」を仕掛けたZOZOの勝算

いったい何が起きているのか
久保田 大海 プロフィール

(3)究極のファッションとしての「身体性」

「素材」の機能性を重視したファッションアイテムは、実はユニクロだけが市場を牽引してきたわけではない。

都市生活者にランニングの文化が広まり、ナイキ、アディダス、アンダーアーマーなどスポーツウェアを街着として着こなすファッションが定着した。

さらにはモンベル、パタゴニア、ノースフェイスなどおしゃれなアウトドアブランドが登場することで、登山やキャンプが若者の間で流行り、街なかでもアウトドアウェアを着こなす人たちが登場した。

吸汗性や透湿性の高いスポーツウェア、軽量で防水性や発熱性に優れたアウトドアウェアなどの、機能的な「素材」を用いてつくられた動きやすいファッションアイテムは、都会では明らかにオーバースペックだった。

それにもかかわらず、2000年代以降にベーシックなファッションとして広がった。おそらく、デザインやカタチより、「素材の機能美」をファッションとして楽しむ文化が醸成されたのだ。「アスレチック(運動競技)」と「レジャー(余暇)」を組み合わせた「アスレジャー」という新たな造語も登場した。

さらに同時期、Tシャツやジーンズ、スニーカーなどのシンプルなアイテムを組み合わせた「ノームコア」と呼ばれるファッションが、IT業界から広がり流行った。アップルの故スティーヴ・ジョブズや、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグがその代表格だ。

 

ユニクロ、スポーツ、アウトドア、ノームコア。「素材」を楽しむファッション文化と接続され、急速に広がったのが「ライザップ(RIZAP)」などパーソナルトレーニングだろう。芸人の松本人志のようにカラダを鍛えて、シンプルなファッションで肉体美を見せる人たちが増えたのも、こうした流行と無縁ではない。

なぜ「素材」と「ライザップ」がつながるのか? 哲学者の鷲田清一は著書『ひとはなぜ服を着るのか』で次のように述べている。

「近代スポーツのコスチューム・デザインは、身体を純粋なマテリアルとしてのボディに還元する。言いかえると、身体をその物質性と形態と運動性からのみ規定しようとする。

(中略)(スポーツウェアが、)運動しているうちに何度も皮膚と擦れあい、汗が繊維にしみ込み、体温も上昇してきて、そのうち皮膚と一体化するまでにだんだんなじんでくる。服に合わせて身体のほうが変化するのだ。(中略)膚と肉が〈わたし〉の被い=衣服そのものになってしまうのだ」

わかりやすく翻訳すると、超ハイスペック「素材」を使った衣服は、人間の皮膚や身体とほぼ一体化する。「ヒートテック」や「エアリズム」が、人間の汗の代わりに体温を上げ下げするのだ。つまり、ファッションが身体化し、身体がファッション化した。ライザップで鍛えられた肉体は、すでにファッションの一部なのだ。

そして、この延長線にあるものこそがZOZOスーツなのではないか。言い換えれば、ZOZOスーツの「サイズ」による「究極のフィット感」は、「身体性こそが究極のファッションである」という新たなファッション文化を生み出す可能性がある。この最後の要素がいちばん「破壊的」だ。

ZOZOスーツから始まる大潮流は、ファッションデザイナーが創り出すデザインやカタチなど、今まで時代を彩ってきた「ファッション」そのものに興味を示さない人たちをたくさん生み出すだろう。これはアパレル産業に敗北をもたらすだけではなく、大きな喪失感を与えるかもしれない。

杞憂だろうか? 1つだけたしかなことは、ZOZOスーツのこれからの展開から目を離すことはできない、ということだけだ。