小沢健二が姿を消した「19年間の空白」を解き明かす

稀代のトリックスターの思索と実践の旅
現代ビジネス編集部 プロフィール

なぜ自分で全部やるのか

――『ひふみよ』以降の「帰還準備期」については、どう捉えていますか?

「『ひふみよ』以降は、オフィシャルサイトもできて、小沢健二の情報はファンに共有されるようになってきたんで、本にはあまり細かくは書いていないです。

ただ、ひとつ言っておきたいのは、2010年の『ひふみよ』から、小沢健二はずっと音楽活動をしてるんですよね。

どういうことかと言うと、2012年の『東京の街が奏でる』は、『ひふみよ』の音源を『我ら、時』という3枚組のボックスにしてリリースする上での、ひとつのリリースパーティー的なライブだったわけです。

で、ボックスには写真立てや巻物やいろんなものが入っていたけれど、これ、全部妻のエリザベスさんと一緒にほぼ手作りでやってたんですよね。

ライブの制作にはもちろんプロのスタッフも入ってましたけど、当時はどのレコード会社とも正式に契約をしていない状態で、完全にインディペンデントなアーティストとして、全国規模のツアーを組んだり、かなりの枚数の凝ったボックスセットを作ったり、ポップアップショップや展覧会の準備をしたりしていた。

しかも、彼の目指すクオリティは普通の人よりも全然高いところにある。そりゃ時間もかかるよなって思うんですよ。

我々がただ神出鬼没で気まぐれな存在のように思っていた小沢健二は、実は水面の下でずっと足をバタバタこぎ続けていた。今年からユニバーサルと組むようになって宣伝などの展開は派手になりましたけど、それでも今も核の部分は全部自分がやっている」

――なぜそうしているんでしょう?

「そうやって自分の手を動かすことが、彼にとって、音楽シーンに戻ってくるために踏まなくてはならない手続きだったんでしょうね。

要するに全部をスタッフに任せっきりだったかつてのポップ・スターが、もう一回同じ場所に戻るために、今度は全部を自分がやるという。

その準備を結果的には2010年の『ひふみよ』ツアーの前年の2009年頃からずっとやってきたわけで。実は、めちゃめちゃ働いてたんだというのがわかってくる」

いま、「音楽シーン」とは何か?

――この本の書名は『小沢健二の帰還』ですし、実際に2017年に出たシングルの『流動体について』によって、小沢健二は音楽シーンに戻ってきたというイメージが広まったと思うんです。

ただ、そう考えると、小沢健二が戻ってきた「音楽シーン」というのは一体何か? という問いが生じますよね。

宇野さんが仰ったように、『ひふみよ』以降、日本での小沢健二の音楽活動はずっと続いていた。その期間と『流動体について』以降の違いっていうのは、宇野さんはどういうものだと捉えていますか?

「やっぱり、一番大きいのはメディアに出るようになったことだと思います。日本に音楽シーンっていうのがいまだにあるとしたら、まあ、やっぱりテレビやラジオってことになりますよね。

それと、これはもうほとんど日本だけの現象ですが、まだCDというフィジカルの存在も大きい。2017年を振り返る上ですごく象徴的だなと思ったのは、ハイスタも久しぶりのアルバムをリリースしたじゃないですか」

――Hi-STANDARDは『THE GIFT』という18年ぶりのアルバムをリリースしてますね。

「去年のシングルも事前告知なしでCDショップに並べて販売したりして、それが話題になった。ファン層は違うんだけど、ハイスタも同じように90年代のカリスマで、DIYでやってきた人たちで。

2017年になって小沢健二とハイスタがゲリラ的にCDを売ったり、渋谷に巨大なポスターを貼ったり、そういう風に同じような動きをしている。そこがすごく面白いなって」

 

――小沢健二とハイスタにつながりあう部分がある。

「結果として現象面で表れているものが近くなっているんですよね。それに、あまり知られてないですけれど、もともと小沢健二にはハイスタへのシンパシーがあったんですよ。90年代にテレビに出た時に見せた手帳の表紙に、ハイスタのシールが貼ってあったり。マニアックな話になってきてしまいますが(笑)。

そもそも、フリッパーズ・ギターもある種のパンクバンドだったし、彼の中にはいつの時代もパンク精神というのがある。小沢健二は今年9月に出した絵童話『アイスクリームが溶けてしまう前に』は、ダイスケ・ホンゴリアンというグラフィックデザイナーと一緒に作ってる。

ダイスケ・ホンゴリアンはずっとハイスタや(そのレーベルの)PIZZA OF DEATHまわりのデザインをしていて、その流れから、今年小沢健二はPIZZA OF DEATHとのコラボTシャツまで作った。そのコラボTシャツをライブ会場とかじゃなくて伊勢丹のポップアップショップで売るっていうのも、小沢健二の面白いところなんですが(笑)」