小沢健二が姿を消した「19年間の空白」を解き明かす

稀代のトリックスターの思索と実践の旅
現代ビジネス編集部 プロフィール

ポップ・スターの預言者的役割

――「放浪期」についての話も聞かせてください。この時期にあたる2005年、小沢健二は雑誌『子どもと昔話』上で小説『うさぎ!』の連載を始めます。本書の中も『うさぎ!』はとても重要なものだと位置付けられているわけですが、宇野さんはこの作品をどう捉えていますか。

「『うさぎ!』は今はちょっと休載していますが、まだ続いているので、リアルタイムのものなんですけれど。ただ、『ひふみよ』に至るまでの道筋を作ったのは『うさぎ!』だと思います。

つまり、彼はその物語を書くことによって世界を捉え直すんです。ある種のリハビリというか、自己治療というか、自分と世界の間にできた溝を埋めるために文章を書いた。そこが小沢健二の面白いところですよね。

例えば宇多田ヒカルはアルバム『Fantôme』を作った時に、音楽を作ることによって母親の死をなんとか乗り越えたというようなことをインタビューで言ってました。彼女だけじゃなく、音楽を作ることが自己セラピー的なことになっていく音楽家って多いじゃないですか。

だけど、小沢健二にとっては、それが文章を書くことだったんですよね」

――その役割を果たしたのが『うさぎ!』という作品だった。

「彼は世界をもう一回自分の目で捉え直す必要があったんだと思います。それはニューヨークに行った後もそうだった。ニューヨークに渡ってから数年間の彼には、それなりに派手な生活、いわゆるパーティーライフを送っていた痕跡があるんです。

日本のポップ・スターがいきなり現代社会のあり方を問い直す『うさぎ!』に飛んだわけじゃない。資本主義の象徴たる都市での生活を通過した上で、ラテンアメリカやアフリカやアジアの国々を回って、彼なりに世界を捉え直す旅が始まった。

だから、それは変節ではなくて、一人の表現者としての思索と実践の旅なんです」

――僕も『うさぎ!』を第一話から読んできたんですが、これを書き始めてからの小沢健二の文章家としての切れ味、思想家としての先鋭性はかなりのものだと思います。

「そうですね。毎回その内容の凄まじさに唖然とさせられました。特に初期の頃の文章の濃密さは尋常じゃなかったです、ほんとに」

――しかし、発表されたのが『子どもと昔話』という雑誌だったので、それを実際に読んできた人は少なかった。そういう認識でこれは書かれてるんじゃないかと。

「そうですね。だから自分も今回の本で、彼が『うさぎ!』で書いてきたことを逐一解説していこうとも思ったんですけど、それをやるにはさすがに自分の手に余りました。

それで、結局『うさぎ!』という作品に対してはなるべく誤読をしないようにガイドラインを引くだけにした。なので、できれば何らかの方法で、多くの人に『うさぎ!』をじっくりと読んでほしいとしか言いようがない。

とにかく、彼の文章は鋭すぎるゆえに、ちゃんと理解されるまで時間がかかるんですよ」

 

――例えばどういったことでしょう?

「例えば、近年、若くて痩せた白人女性ばかりが広告モデルになっていることに対して世界的に問題提起が行われていますよね。今年はリアーナが自身のコスメブランドを立ち上げて、そこで多様性のある人種、体型の女の子をモデルにして話題になりました。旧来のルッキズムや白人優越主義へのカウンターですよね。

そういうことを、それこそ10年くらい前から小沢健二はずっと言っているんですよ。広告というものが、いかに白人であることと若さと痩せていることを称賛していて、それが異常なことであるかを『うさぎ!』で書いていた。

そのように、小沢健二の文章は10数年経ってから実際に世界で起こっている変化を、様々な側面で先取りしていた。だから、今、2017年に彼がやっていることも、数年後になって「こういうことだったのか!」って気づくことも多いと思う。そのくらい、彼にはプロフェット(預言者)的なところがあるんですよね。

そもそもポップ・スターには、社会の中でのプロフェット的な役割があると思うんです。例えば、90年代のアメリカでどうしてラッパーの2PACがあれほど急にカリスマとなっていったか。それは、当時の黒人社会が彼のことをプロフェット的な存在として見るようになったからなんです。

まあ、そのことに改めて気づかされたのも、昔『うさぎ!』の中で2PACについてとても興味深い考察がされていたからなんですけど(笑)」