「遺伝か環境か」不毛な議論に終止符〜なぜその努力は報われないのか

よくある4つの誤解を解く
安藤 寿康 プロフィール

「遺伝と環境の交互作用」とは何か?

それにしても、なぜそれまで学習に動機づけられなかったビリギャルに学習するようにしむけることができたか。

これを行動遺伝学的に説明すると「遺伝と環境の交互作用」ということになる。要するに「特定の遺伝要因が特定の環境要因と出会い特定の効果を生んだ」ということだ。ビリギャルの場合も主人公の個性と塾講師の個性や主人公の置かれた状況が絶妙にマッチしたのだろう。

(作品から想像するに入塾テストでわからない問題も全問解答し「聖徳太子」を「太った子でしょ」と推理できる認知能力、友人・母親・塾講師との人間関係を最も大切にし、慶應大卒業後はブライダルプランナーとして人々の幸せに奉仕するような仕事を選ぶという親和性と共感性の高いパーソナリティ、一度始めたら絶対にあきらめないという「グリット(やりぬく力)」などに特徴付けられる個性。

どんな子どもの可能性も信じて子どもの個性に寄り添い、少人数で一人ひとりの能力や心の状態をすぐに感知して、できる限り最善の学習環境や学習素材を提供できる教師の個性と力量。

これらが、絶妙にマッチしたのだと思われる。もちろん自伝や映画は科学的データとは程遠いので、ただの憶測に過ぎない)。

 

「遺伝と環境の交互作用」を持ち出すと、このように遺伝だけ、環境だけで説明できないどんなことでも「説明」できてしまうので、うさんくさい。確かに「ビリギャル」など特定のケースについてこれを持ち出しても、ただのあとづけにすぎなくなる。

この現象は、要するに遺伝要因も環境や状況や経験が違えば異なった出方をすることを意味するので、そういう現象は数多く見出されていることを紹介することで、科学的信憑性を担保しよう。

最も有名な、それも双生児法のような間接的な方法ではなく、遺伝子そのものを扱った研究に、虐待経験が反社会的行動(暴力とか犯罪など)に及ぼす影響にMAOA(モノアミン酸化酵素の型の違いをつかさどる遺伝子)がどう関わるかを明らかにした研究がある。

A. Caspi, J. McClay, T.E. Moffitt, J.Mill, J. Martin, I.W. Craig, A. Taylor, & R. Poulton (Science, 297, August, 2002)

子どものころの虐待体験は青年期の反社会性を高める傾向があるが、その関係はMAOAの活性度の低いタイプのほうが高いタイプよりも強くあらわれ、しかもその影響は虐待体験が深刻だった場合、特に強く現れるというものである。

虐待体験だけ、あるいはMAOAの活性度が低いだけでは、それほど反社会性は顕著に現れないが、両者がそろったとき強くあらわれる。この知見はどうすれば犯罪を軽減できるかを考える上でも役立つ。

遺伝子操作をするのでも、虐待を受けた子をおしなべて危険視するのでもなく、この独特な組み合わせが生じないような配慮をすることが効果的だからだ。

この論文は、発表後すぐに中国で英語の入試問題にも採用されるほど注目された(同じような現象は、セロトニン伝導体の遺伝子5HTTがストレス経験とうつとの関係を調整するという同じ研究チームの結果にも現れた。ただしこちらはその後必ずしも確証されていない)。

これは環境によって遺伝の出方が異なるということだから、双生児法によって環境の違いが遺伝の効果量を変えるという現象を見つければよい。

たとえば知能の遺伝率は社会経済的地位の高い人たちでは大きく、逆に社会経済的地位の低い人たちでは遺伝の個人差が小さくて共有環境(家庭環境)の差が大きく知能の差に反映するという遺伝と環境の交互作用がある。

家庭環境がリッチであれば、遺伝的に知能の高い子は知的刺激を、低い子は知的でない刺激をそれぞれ自由に選べるゆとりがあるから、もともとの遺伝的素質が増幅されるのだろう。

一方、貧しい経済状況では、その限られた資源を知的なものに振り分けるかそうでないものに振り分けるかという親の選択が子どもの知能に関わるのだと思われる。