安倍政権流法人減税が「悪い賃上げ」をもたらす可能性

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熊野 英生 プロフィール

本筋を考える

税制を工夫して、もっと積極的に賃上げができないものかと考える人は多いだろう。こうした発想の背後にあるのは、政策ツールを使って思い通りに経済を動かしたいという暗黙のニーズである。

わが国では、長期不況が延々と続いて、こうした暗黙のニーズが政策決定を動かすようになった。リフレ政策で物価がコントロールできると思ったから、日銀総裁に黒田東彦氏が送り込まれた。最近では、生産性上昇や人材育成まで政策で動かそうとしている。

筆者は、政策目標として、デフレ脱却や生産性上昇を掲げることには反対しない。むしろ賛成だ。しかし、過剰な介入をすると、民間活力がかえって抑え込まれることを心配する。節度を何よりも重視すべきだと考える。

本筋は、企業がより高い賃金を出して事業を拡大するように意欲を高めることだ。税制は、事業拡大のニーズそのものを生み出すことはできない。

 

政府ができることは、競争促進と規制緩和の2つである。この2つは、間接的な働きかけに過ぎないかもしれない。しかし、間接的な働きかけしかできないと割り切るより仕方がない。経済思想には、保守とリベラルがあり、経済保守の人々は競争することが最良の活性化策だと信じてきた。筆者も、企業活動については、この考え方に立つ。

一方、最近は政府の介入を当然視する人が増えた。しかも、伝統的なリベラル保守とかにこだわらない政策選択が行われる。

2017年のノーベル経済賞を受賞した行動経済学のリチャード・セイラー氏は、リバタリアン・パターナリズムを提唱する。リバタリアンは絶対自由主義で、パターナリズムは父権的温情主義とされる。パターナリズムに近い言葉には設計主義がある。設計主義とは、いわば政策万能論であり、自由競争とは相容れない。

内部留保課税はまさに設計主義(いやポピュリズム)だった。セイラー氏のリバタリアン・パターナリズムは、両者の中間を目指し、押しつけ的でないソフトな介入を認めるものだ。ここには、主な自由競争であり、それを抑制する介入は慎むという節度がある。

日本の賃上げ減税は、まだリバタリアン・パターナリズムの領域から逸脱していないと思う。しかし、パターナリズムに陥る危険と隣り合わせであり、そうならないように注意したい。本筋は、企業が賃上げをして、より事業拡大を目指したいと思うように、規制緩和をして競争を盛んにすることだ。

なお、高所得者増税は完全なパターナリズムに支配されている。本来、デフレ下では放っておくと高所得の実質所得が相対的に上がるので税率引上げが是とされる(インフレ時は税率引下げを志向する)。ならば、今は政府はデフレと考えていることになる。あまり理屈だけでは割り切れない。