安倍政権流法人減税が「悪い賃上げ」をもたらす可能性

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熊野 英生 プロフィール

反面、政府が是が非でも賃上げを成功させたいと考えて、法人税を減らすインセンティブを強める70%以上の税額控除を設けるとしよう。こうした仕組みを使った賃上げは果たして好ましいのだろうか。

いや、好ましくない。法人税を減らすことだけを目的にして、賃上げを促進することは、企業が実勢に合わない賃金を支払う状態をつくる。

もしも、この税制が終了すると、減税目当てにした賃上げは急速に修正されるだろう。例えば、強制的な賃下げによって企業が人件費を圧縮することが考えられる。それでは元も子もない。あまりにインセンティブを強めたときの賃上げは、「悪い賃上げ」と化する。

ならばどうすればよいのか。

元々、賃上げをして優秀な人材を採ろうとする企業を支援することになる。あるいは、人手不足で困っている企業が、賃上げして人件費の負担が増したとき、税額控除でサポートすると、人件費増で削られた利益の一部が税負担の軽減というかたちで戻ってくる。賃上げの負担が軽くなることで、元々、賃上げをしたいと考えていた企業の賃上げ意欲を実現させる効果がある。

こういう方法ならば、この種の税制を停止したときの反動は起こらない。

政策についてよく例えられる話である、「水を飲みたいと思っている馬を泉に連れていくことはできるが、水を飲みたくない馬を泉に連れていくことはできない」という論理に似ている。

税制優遇で誘導しても副作用がないのは、「水を飲みたいと思っている馬」=元々、賃上げをしてもよいと考えている企業を対象としたものに限られる。「水を飲みたくない馬」=賃上げをする必要を感じていない企業に対して、ニンジンをぶら下げて泉に連れていっても、ニンジンを食べ終わると、元の場所に戻ってしまう。

何のために、貴重な税収をつかったのかわからなくなる。こうした賃上げ誘導は「悪い賃上げ」になる。

 

難しい制度設計

現在までの賃上げ減税は、強引なことをしていない点で、節度が守られている。効果は地味にみえるが、そこそこの成果はあったと言える。

国会提出資料によると、2015年度の適用例は90594件に上ぼる。サービス業では18.1%の企業が利用し、次に建設業の10.6%、小売業8.6%となる。人手不足の業種では利用は多い。

税額控除の金額は2774億円。これが給与総額の増加額の10%に相当すると仮定すれば、対応する給与総額の増加額は約2.8兆円となる。これは、2015年度の雇用者報酬の増加額プラス4.0兆円のうち70%に相当する。

税額控除は、元々、給与を増やそうとする企業に対して、金額面では70%のサポートをしたことになる。

これらの企業は、元から賃上げの意図があったとみられるが、その意図が事業拡大の需要に基づいていると、税額控除によってキャッシュバックされた資金は、設備投資に回りやすくなる。

設備投資は、企業の税引後利益などから生じるフリーキャッシュフローによって行われることが多いので、法人税の軽減は投資需要に働きかけることになるのだ。すでに、従来の賃上げ減税でも、間接的に投資ニーズを実現するのにある程度の効果はあったと考えられる。

税収全体への効果を考えると、例えば、賃上げ減税でプラス2.0兆円の給与増加が生み出されたとするとその2.0兆円には所得税が課税される。所得税率は、5~45%である。税額控除を15%くらいに設定することは、増加する所得から得られる所得税収の増加分と見合っているということだろうか。

税収の中立を念頭に置くと、増加する所得税の分だけ、税額控除の適用率を引き上げることは、もっとできる可能性がある。今回、850万円超の給与所得者に対して増税が行われることは、増加する所得税収を増やす効果がある。

税額控除の適用率は、そうした制度変更による税収見込みとバランスさせて検討することが望ましい。そうした意味で、制度設計はかなり技術的に難しいものになるだろう。