C-3POとルークを演じたマーク・ハミル(右)〔PHOTO〕gettyimages

『スターウォーズ/最後のジェダイ』はとんでもない傑作だ!

予想はことごとく打ち砕かれた

「つなぎ」かと思ったら…

『スター・ウォーズ 最後のジェダイ』は、シリーズ全体ではエピソード8にあたり、2015年からの新しい三部作では第二作となる。

であれば、「つなぎの回」だから、すべてが未解決で、「続く」となるのだろうと思うかもしれないが、そんなことはなかった。

前作からの「続き」ではあるが、予想もしない展開をし、しかもそれが壮大な結末を迎え、それでいて、銀河での戦いは終わらないので、「続く」となるという、とんでもない傑作となった。

12月15日の朝8時半からの回を見て、そのあとすぐに書いているので、以下は、まだちゃんと整理されていない、第一印象である。

『スター・ウォーズ』はエピソード1~6までは、ジョージ・ルーカスが脚本を書いた(『帝国の逆襲』だけ脚本にクレジットはない)。すべて、ルーカスが作った物語だった。

しかし三部作は、当初、すべて異なる監督がつくることになっていた(エピソード9は予定されていた監督が降板したため、エピソード7『フォースの覚醒』のJ・J・エイブラムスが再登板するようだ)。

『最後のジェダイ』の監督はライアン・ジョンソンで、脚本も担当した。

J・J・エイブラムスはルーカスが構築した世界に、新たなキャラクターと背景となる政治及び軍事面での設定を作った。そういう二人の他人が作った設定を継承し、さらにまた別のひとがその続きを書くだろうという前提で、物語を創るのは、他人事ながら、なかなか大変だと思う。

脚本だけでも三作通じてひとり、もしくは同じチームに任せたほうがいいのではと思うが、それは素人の浅はかさというものだ。

なまじ三部作全てを同じ脚本家・監督にまかせると、最初に三作全体の大まかなストーリーを組み立て、一作目はここまで、二作目はここからここ、という作り方をしてしまうので、どうしても第二作は「つなぎ」となりがちだ。

全作をひとりの脚本家・監督で作ったほうが統一感は出るが、ストーリーのたるみというマイナス面もある。

作品ごとに違う脚本家・監督に委ねる作り方のほうが、一作ごとの完成度は高くなる。

『最後のジェダイ』は、プロデューサーたちが予想もしない物語のシナリオができたから、観客、つまり長年のファンですら予想しない展開となったのだ。

予想を覆すのが優れた映画だとしたら、これはもう大傑作だろう。

とにかく、見る前に漠然と抱いていた予想は、ことごとく打ち砕かれるというか、何の意味もない予想となってしまった。

 

ハン・ソロの生死をめぐって

見る前に漠然と抱いていた予想のひとつが「ハン・ソロの生還」だった。

『最後のジェダイ』の公開が近づいた先日、映画好きが集まる会があり、そこでも「ハン・ソロの生死」が話題となり、「生きている」と思っている人が大半だった。最大の理由は、「遺体が映らなかった」からである。

しかし、公開された『最後のジェダイ』のポスターのどこにもハン・ソロはいないし、ハリソン・フォードの名もなかった。

スターウォーズ、ハリソン・フォードハン・ソロはどうなった?〔PHOTO〕gettyimages

いや、『最後のジェダイ』には出てこなくても、死んだわけではなくて、三部作の最後にはまた出てくるのではないか。そんな話で盛り上がった。

だが、その思いは、裏切られる。