ホモ・サピエンスが現われる前のアジアには誰がいたのか

こんな「小さな」人類も…!
川端 裕人 プロフィール

2011年、ロシア・アルタイ地方のデニソワ洞窟で見つかった「デニソワ人」は、現生人類と混血したことが遺伝学的にわかり、フローレス原人に次ぐセンセーションを巻き起こした。デニソワ人は、「旧人」相当の人類だと考えられている。また、同じ洞窟からは、ヨーロッパにいたことが知られている旧人、ネアンデルタール人も見つかった。

2015年、これまで古い人類が見つかったことがなかった台湾から、「澎湖ほうこ人」が報告された。底引き網にかかって海底から引き上げられるという珍しい発見のされ方が話題になっただけではなく、アジアにはジャワ原人、北京原人、フローレス原人とも別の系統の「第4の原人」がいた可能性を示唆した。

フローレス原人の発見をきっかけに明らかになりつつあるアジアの「人類模様」は、このように、目もくらむほど多様でにぎやかなものだ。それは、現在のホモ・サピエンスの中で、アジア人とかヨーロッパ人とか、アフリカ人とかいう多様さとは次元が違っている。ホモ・サピエンスはDNAの上ではかなり均質で、生物学的には1つの種だ。しかし、ほんのすこし前までの地球には、複数の別種の人類が共存していて、むしろそれが当たり前だった!

10万年前頃のアジア(澎湖人が生存していた年代を10万年前頃と想定)。北京原人は中国の旧人に替わり、さまざまな原人・旧人が共存している

そうだとすると、むくむくと湧き上がってくる疑問がある。

かつてこれほど「人類の多様性」が花咲いていた世界があったにもかかわらず、現在、この地球上に人類は我々ホモ・サピエンスしかいない。ほかの人類たちは、すべて滅び去ってしまった。なぜ我々は、我々だけなのだろうか。

 

我々の祖先は、アジアのほかの人類たちと出会っていたのだろうか。だとしたら、そのとき、何が起きたのだろうか。我々の祖先は彼らを蹴散らし、蹂躙じゅうりんしてしまったのか。だから我々は、我々だけになってしまったのだろうか。

もちろん、簡単に答えが出る話ではない。だが、こういった問いを立てることは、「我々とは何者なのか」を問うことでもある。

これはアジアに住む我々にとって、とりわけ重要なテーマだということも強調したい。

ヨーロッパ人が「ネアンデルタール人(旧人)とクロマニヨン人(新人)の交替劇」を熱心に研究するように、あるいはアメリカ人が「アラスカから進入してきたホモ・サピエンスの“アメリカ縦断”」に強い関心を寄せるように、ぼくたちアジア人には、アジア人の人類史がある。それをもっと詳しく知りたいではないか。

「ホビット」の大発見から始まった21世紀の人類進化学は、古代型人類を通して「我々自身」について考え、省察するという新たな時代に入っている。

川端裕人さんによる特別読み物、「ぼくたちはなぜぼくたちだけなのだろう」もブルーバックスのwebサイトで好評公開中です。

かつて地球上には、ぼくたちと同じ「人類」の仲間がたくさんいた。彼らはなぜ滅んでしまったのか? なぜぼくたちホモ・サピエンスだけが生き残ったのか? アジアの化石発掘現場から始まる、人類進化の壮大な謎解きの旅!
第1回はこちら→http://gendai.ismedia.jp/list/series/bokutachihanaze