ホモ・サピエンスが現われる前のアジアには誰がいたのか

こんな「小さな」人類も…!
川端 裕人 プロフィール
フローレス原人の全身骨格模型を見つめる筆者

実際に、この化石をめぐっては発見直後から、新種の人類などではなく、子どもか、病気で体が大きくならなかったホモ・サピエンスに違いない、といった反論があった。しかし、激しい論争と詳細な研究の結果、現在では、この化石の主は健康な成人女性だったことがわかり、まぎれもなく新種の人類であると認識されている。その過程には、国立科学博物館の海部陽介さん(人類研究部人類史研究グループ長)ら、日本人研究者たちの大きな貢献があった。

小さいのに大人。小さいのに人類。強烈な違和感をおぼえながらも、「彼女」の全身骨格を前にすると、そのような人たちがつい数万年前まで実在していたことを、認めざるをえない。事実がフィクションを凌駕する瞬間に立ち会う思いだった。

この小さな人類の発見によって、人類進化のこれまでの常識はひっくり返されてしまったのだから。

「人類の定義」をも揺るがす

ファンタジーの世界から飛び出してきたかのような「リアル・ホビット」が与えた衝撃とは、人類学的にみれば何だったのか。それは「予想外の人類が、予想外の場所で発見された」ことにつきる。

まずは「予想外の人類」という点について。

なんといっても小さい。リャン・ブア洞窟で全身が発見された標本の身長は、110センチほどしかない。現生人類でいえば、小学校低学年くらいだろう。

現在、東京・上野の国立科学博物館には、「彼女」の骨格に肉付けした復元模型が展示されている。その前に立ってみれば理解していただけるはずだ。とにかく小さい!

国立科学博物館に展示されているフローレンス原人の復元模型。背後に描かれているのは大型化した地上性の鳥ハゲコウ(左)と、小型化したゾウの仲間のステゴドン(右)(提供/国立科学博物館)

そして、それが意味するところは、頭も小さく、脳も小さいということである。精密に測った結果、その脳容量は426cc。これは現代人の3分の1ほどでしかなく、むしろチンパンジーに近い。こんなに小さくて人類として大丈夫なのかと心配になるほどだが、それでも同じ地層から石器が出ていることから、フローレス原人が石器を作っていたことは間違いない。

そもそも、700万年にわたる人類の歴史とは、時代とともに脳が大きくなっていく歴史でもあった。にもかかわらず、5万年前、6万年前といった「最近」の時期に、こんなに小さな脳容量の人類がいたというのは、ただ「体が小さい」ということ以上に、「人類の定義」をも揺るがす大問題なのである。

では、「予想外の場所」というのはどういうことか。

 

実は化石が見つかったフローレス島は、古い人類はいるはずがないと思われていた場所だった。というのも、アフリカで出現した人類がアジアに来てから百数十万年の間、一度も大陸と地続きになったことがないからだ。この点、同じインドネシアでもジャワ原人がいたジャワ島は、氷期に海水面が下がったときに、大陸とつながった「スンダランド」の一部になっていた。

「Sunda」とあるところがスンダランド。氷期には海面が下がり(陸地の濃い色の部分)、現在のジャワ島(Java)が大陸と地続きになっていた

フローレス島や、「その先」の島々、さらにオーストラリアにまで人類が到達するのは、航海術を獲得したホモ・サピエンスの登場を待たねばならないと考えられてきた。ところが、フローレス島で「サピエンス以前の人類」が実際に見つかったことから、彼らがなんらかの方法で海を渡って島に入ったことは確実となった。

漂流してたどりついたのだろうとする研究者が多いようだが、それでも、これまでの人類拡散の歴史は書き換えなければならなくなってしまった。