快進撃WOWOW「熱い男の社会派ドラマ」女性プロデューサーの素顔

地上波にはマネできないことをやる
現代ビジネス編集部 プロフィール

撮影現場のアシスタントである助監督を経験するも、「あまりに向いていない」と自他ともに認める状況に。プロデューサーのアシスタントである「AP」をやってみたらどうかというアドバイスを受け、方向転換した。

岡野P「テレパックでは、APをプロデューサーに育てようという気風が強く、単に先輩Pの手伝いをするだけではなくて、ひたすら企画書を書いてはテレビ局に持ち込む仕事をするようになりました。そんな中でTBSに企画をひろっていただき、気がついたら『プロデューサー』としてデビューしていたんです。25歳のときでした。

そうは言っても、まだ人脈もなければ、現場の段取りも組めず、予算感を把握しているわけでもない、今思えば『なんちゃってP』でしたね。先輩Pにも入ってもらって、仕事を覚えていったんです」

大手メーカーの提供するドラマ枠などを担当し、プロデューサーとして走り出した岡野Pだったが、しばらくすると自分の仕事に疑問を感じるようになったという。

岡野P「当時の私の、もっとも大事な仕事は何かと言えば、スポンサー対応だったんですね。たとえば、スポンサーのメーカーが新商品を出したときには、主演の俳優さんが芝居の中で、その商品をどう使うかを考える。

商品とドラマの関係を考え続ける中で、ふと『私、誰のほうを向いて仕事をしているのかな』と自分の方向性を見失った瞬間があって、『そういえば、ドラマを作っていてお客さんを意識したことがなかったな』と気づいたんですね。

そんなとき、WOWOWが初めて制作した『連続ドラマW パンドラ』を見たんです。このドラマには、地上波ではタブーとされているような内容がいくつも盛り込まれていました。たとえば、交通事故が起こるとか、薬を使った殺人というような。もう、なんじゃこりゃ、という感じで衝撃を受けました」

「パンドラ」は、人類を救うはずの先端科学の現場で、研究者たちが直面する葛藤や大発明を巡って巻き起こる事件・陰謀を描いた本格サスペンスシリーズ。第1弾では、がんの特効薬を発見した三上博史演じる医学者が主人公となった。

岡野P(撮影:村上庄吾)

持ち込んでダメなら、入ってしまえ

これほどタブーなくドラマが作れたら、どんなにいいだろう――。そう考えた岡野Pはまず、WOWOWにドラマの企画書を持ち込むことから始めた。

岡野P「どうしてもWOWOWでドラマを作りたくて、何度も挑戦しましたが、26~27歳で経験も実績もない私の企画は、なかなか通りませんでした。だったらWOWOWに入ってしまったほうが早いじゃないかと思い、転職という方向に切り替えたんです」

 

2009年、WOWOWに移った岡野Pは、翌年放送のドラマ「なぜ君は絶望と闘えたのか」(2夜連続放送)を手がける。原作は、ジャーナリスト門田隆将氏が1999年の光市母子殺人事件で妻と娘を奪われた遺族男性を追ったノンフィクション。絶望の淵を覗きこまされながらも、周囲の支えを受けて闘いを続ける男性の姿を、丹念に描いた重い作品だ。

岡野P「当時はまだ裁判が結審していない、係争中の題材でした。地上波だったら裁判が終わるまではドラマにはできなかったと思います。でもWOWOWの先輩たちは『大丈夫か』『不安があるなら無理はしないほうがいい』とは言ったけれども、『やめておけ』とは言わなかった。

それでも、社内にも不安はあったと思います。だから私は最初に、テレビドラマの巨匠である石橋冠監督を口説いて、OKをしていただきました。『石橋監督が撮るなら、この企画はいける』と思ってもらえる。そう考えました」

石橋冠監督といえば、日本テレビのディレクターとして80年代の「池中玄太80キロ」シリーズなどポップな作品も手掛ける一方、山田太一、倉本聰といった脚本家と人間の姿を深く描いたドラマを数々生み出した。2007年にはビートたけしを主演に迎えたドラマ「点と線」で文化庁芸術祭賞大賞(ドラマ部門)ほかを受賞するなど、押しも押されもせぬテレビ界の巨匠である。

岡野Pの戦略は功を奏し、2010年のドラマ「なぜ君は絶望と闘えたのか」は視聴者から大きな反響を得ただけでなく、文化庁芸術祭テレビ・ドラマ部門大賞やギャラクシー賞テレビ部門奨励賞などを受賞し、高く評価された。

現代のタブーにとらわれないWOWOWでは、若いプロデューサーが大胆な企画を実現し、それを自分の実績にして、次の作品に向かう。そんな好循環が生まれているようだ。

しかし、それでも単に「つっぱった」「とんがった」作品を好き勝手に作っていたのでは、視聴者に満足感を与えることはできない。

岡野P「WOWOWに入って最初に教えられたのは、『お前が一番にやるべき仕事は、徹底的にお客さまを研究することだ』ということでした。

ある先輩Pはこう言いました。『どんなにえらい監督、どんなに有名な脚本家、どんなに力のある制作会社のPと闘うことになっても、<誰がなんと言おうと、WOWOWのお客さんを一番よく知っているのは私です>と言えるか言えないかが、本当に大きい』と。

WOWOWのお客さまが、何が好きで、何が響き、地上波なら何を見て、どういうものを求めてWOWOWに加入するのか。それを常に研究するのだという意識は、社内で共有されていると思います」