妻・詩織さんが明かす「石井琢朗が広島からヤクルトに移籍した理由」

そこには「家族の絆」があった
石井 詩織

就職活動を意識した発表時期

9年在籍していたので、球団は2回目の優勝をした今年やめると言ったことに、ずいぶん驚かれたようです。でも3年前にやめると言っていたのをやめないでいたことに対して、感謝してくださったとか。

河田雄祐さんとは2年間一緒にコーチをしていたので、石井は一番に報告をしたそうですが、そこで河田さんもやめることを聞かされました。河田さんもご家庭の事情があって、東京に戻らなければならなかったようです。

二人一緒にやめられるのだろうかと懸念しましたが、球団が事情を汲み取り、受け入れてくださいました。

 

退団の発表は河田さんと一緒に、クライマックスシリーズの直前でしたね。あれは、球団が就職活動をしやすいように早く発表してくださったのだと思います。シリーズが終わったあとでは、どの球団も秋のキャンプに向けて人事はすでに決まっています。こちらの気持ちを汲んでくださり、しかも転職しやすいように早めに発表させてくださった。

広島には心から感謝しています。

CS直前の退団会見にて。広島ファンのみならずとも惜しむ声が相次いだ。写真提供/広島東洋カープ

それでもまさかすぐにヤクルトからお声をかけていただけるとは思ってもいなかったので、本当に恵まれているんですね。

広島のファンの方々からも温かい声をたくさんいただいて、心から幸せだと思います。

石井と河田さんと二人のコーチが同時にやめることになってしまうので、ファンの方が寂しがってくださっているのに申し訳ないねと話したとき、石井はこう言いました。

「大丈夫だよ、もう強いから」

自分が教えることは教えた、カープはさらにもっと強くなれると確信できているのかもしれません。

幸せな広島での生活に、私たち家族は感謝の思いしかありません。

石井琢朗(いしい たくろう):1970年生まれ。1988年ドラフト外で横浜大洋ホエールズ(現在の横浜DeNAベイスターズ)入団。名遊撃手として、ベストナインはじめ多くの賞を受賞し、1998年には選手会長として横浜の38年ぶり日本一に貢献。2009年より広島カープに移籍、2012年に現役選手を引退し、走塁・守備コーチを経て一軍打撃コーチ。2016年には広島カープを25年ぶりの優勝に導いた。2017年秋、ヤクルトスワローズの打撃コーチに就任。