妻・詩織さんが明かす「石井琢朗が広島からヤクルトに移籍した理由」

そこには「家族の絆」があった
石井 詩織

それから2016年に打撃コーチとなり、25年ぶりの優勝を祝うことができました。多くの方に石井の功績もたたえていただき、2009年には想像もしないことでした。本当に嬉しかったです。

家族が一緒に住めるのは今だけ

そして今年の4月、長女は中学3年生、次女は小学6年生になりました。

来年からは長女は高校生。それまで次女と一緒に週5回習っていたテニスをやめ、将来やりたいことができたと、大学に向けて勉強も頑張っています。大学に入ったとしたら、きっと家を出ていくのでしょう。

次女は、小学校1年生のころから「プロのテニス選手になりたい」と言っていました。その希望を聞いたコーチのご指導のもと、12歳以下のテニスランキングでは関東トップ、全国でも上位に入賞することもできました。

しかし次女が「プロのテニス選手になりたい」となると、トレーニングにしろ、スポーツ選手のメンタリティにしろ、私だけではどうしても理解できないことが増えてきていました。

 

例えば、母親としては、テニスがうまくいかなかったときのために、受験をしなくても進学のできる附属中学に行かせた方がいいのではと思っていました。しかし石井は「楽な道を残すな。退路を断て」と言います。次女本人もそれを望んでいます。

そこまでしてやらなくてもいいのでは……とつい思ってもしまうのですが、プロの世界は甘くありません。ストイックに努力し続け、プロのスポーツ選手として成功した石井の言葉は、とても説得力があります。

結果、姉と同じ附属中学ではなく、公立の中学に転校し、テニスに集中することにしました。これからプロになるために挑戦し続けるでしょうし、海外に出る可能性もあるでしょう。

さらに、4歳になる長男のこともありました。どうしても運動が得意ではない私とだと、外遊びに出ることも少なく、電車ごっこなどのインドア遊びが多くなります。石井自身も長男と一緒に遊ぶことができる時間が限られていることもわかってきたようです。

「家族5人で一緒に住めるのは今だけではないか」

「今は家族5人で一緒にいたほうがいいタイミングではないか」

石井も私もそう思ったのです。

そこで、今度は固い決意で、球団に「今年で退団させてください」と相談をしたのでした。