東大教授が「赤ちゃんが選んだ」と本当に言える絵本をつくってみた

大人の見方と真逆だった!?
開 一夫 プロフィール

赤ちゃんの好みを知る方法

私の専門は発達認知科学(赤ちゃん学)である。「こころ」の発達過程を、主に赤ちゃんを対象とした科学的方法で探求する研究分野である。

これまで大勢の赤ちゃんに協力してもらい、脳機能の発達的変化や認知的能力やコミュニケーション能力について研究してきた。

小さな赤ちゃんを研究対象とする上で最大の課題は、「ことば」を使って直接尋ねることができないことである。

 3歳ぐらいであれば、多少の工夫でこちらの知りたいことを尋ねてみることは可能であるが、赤ちゃんにはこちらが知りたいことを伝えることすら難しい。

発達認知科学者におけるこうした課題は、絵本作家が赤ちゃん向けの絵本を創作している場面でも同様に起こっているのではなかろうか?

自分が創った絵本の感想を赤ちゃんに訊いてみたり、好きな絵本の作風をことばで尋ねたりすることはできない。赤ちゃんに気に入ってもらおう、と思って絵本を創作している作家は、近くに赤ちゃんが居たら作品を見せて反応を観察しているかも知れない。

しかし、いったい赤ちゃんのどんなところに着目して観察したらよいのか?

発達認知科学における中心的課題は、単に赤ちゃんや子どもを対象とした実験を実施するだけではなく、赤ちゃんの「こころ」を知る上で適切な研究方法を開発することにもある。発達認知科学者として私がこれまで培ってきたノウハウは絵本の制作過程にも役立つはずだ。

ビジネスとは無縁の私が言うのもおかしな事だが、絵本に限らず、新しく売り出だそうとしている商品・製品がヒットするかどうかは、実際に世の中に出してみないと(売りに出してみないと)分からない。

「売れるだろう」と確信していたものがまったく売れなかったり、想定外のものがヒットしたりするから世の中不思議である。

しかし、戦略的かつ綿密なマーケティングを行うことで、大損を回避できたり、それなりに話題になったりする効果はあるはずである。

絵本のマーケティング対象として、大人ではなく、赤ちゃんをターゲットとすることができれば(恐らく)赤ちゃんも喜ぶのではないか。

 

近年の発達認知科学は、乳児の注視行動を計測する研究方法によって発展してきたといっても過言ではない。

特に、視覚的刺激や事象に対する注視時間を計測する方法(注視時間法)は、ことばをまだ獲得する前の赤ちゃんでも用いることが可能であり、仰々しい計測装置も必要としないことから、これまで多くの研究で用いられてきた。

注視時間法の1つとして、よく用いられているのが、選好注視法というものである。

選好注視法は、2つ以上の刺激を同時に呈示して、どちらかの刺激対象を選択的に注視するかが計測される。

例えば、音声と口形(口の形)のマッチングに関する研究では、赤ちゃんに「アー」という音を聴かせながら、「あ」の口の形と「い」の口の形を同時に呈示すると「あ」の口の形の方が長く注視される。

つまり、赤ちゃんは音声と口の形がマッチしている方を長くみる。この他にも選好注視法は、視覚的刺激の弁別や人間の動作の認知など赤ちゃんの様々な能力を調べるのに用いられてきた。

選好注視法を赤ちゃん向け絵本の作製プロセスに活用することはできないものだろうか?

絵本は、絵だけではなく、ことば(音)も重要な構成要素である。音と絵がどれほどマッチしているかは、赤ちゃんがどれほど絵本に注目するのかに大きな影響を与えるはずである。