「俺の子供がもし殺されたら…」世界の難民と会って感じた大切なこと

いとうせいこうと「国境なき医師団」
いとう せいこう プロフィール

自分が子供を殺されたらどうだろう

――いくつも印象的な場面がありますが、いとうさんがとくに心に残った人物や光景はありますか。

本当にたくさんあるけれども、たとえば、ギリシャの難民キャンプで、奥さんと子供をバグダットで銃殺されてしまった男性と短い時間だけど話をしたのだけど、そのときのことは、天気まで、よく覚えている。

フセインさんは右手の指で銃らしき形を作り、自分の斜め前を撃つ真似をした。

「チュク、チュク」

それが銃弾の発射される音だった。

彼の目の前で二人の子供は撃たれたのだった。情勢自体は安定していると言われるバグダッドで何が起きたというのだろうか。

俺は首を振って、同情の意を精いっぱい示した。自分が子供を殺されたらどうだろう。そして国にいられなくなったら。

「私の妻も……」

フセインさんは申し訳なさそうに言った。俺にショックを与えたくはないが、しゃべらずにはいられないのだというように。

そしてまたあの銃の音を出した。

俺はスマホを取り出し、フセインさんが再び開いて見せるページの、彼の子供たちの写真を撮った。レポートとして使用するつもりはまるでなかった。フセインさんが他人の記憶にもとどめて欲しいと思っている素敵な男の子たちの姿を、俺も忘れるつもりがないという決意を伝えたかったのだった。

 

それからMSFギリシャのトップが、自分たちは夢を語らなくちゃだめだと話してくれたときのことも、すごく印象に残っていますね。

MSFギリシャの会議、その理事会を終えたばかりのクリストス・クリストウ氏はこう言った。

「理事会でこそ、私のような会長や事務局長は夢を語らなくちゃいけません。誰もが現実的になってしまうから」

この「夢」という言葉も、前々回の「尊厳」と同じく小馬鹿にされて嘲笑されていいものではない。特に本当に困難に直面し、日々悲惨な事実と向き合っている人々が口にするその言葉、その概念は。

――いい言葉ですね。

いちばん現実を知っている人が言ったから響いたんだよね。現実のひどいことをたくさん見てきて、でも夢を失わないんだと言っているというのは、僕にとってはジョン・レノン並みの影響力のある言葉だったですね。

行方のわからない家族を探すポスター Photo by いとうせいこう

――他にも、本書ではひとことしか書かれていない人でも、その人物が立ち上がってくるように感じました。

僕を動かしていったものは、取材先で会った人たちに自分が感じた素晴らしさを、どのように適切に、かつわかりやすく書くかということなんです。

それぞれの人の生き方みたいなことを想像することに頭がいって、向こうから書かせられるというか、すごく登場人物の多い小説を書いちゃった感じとも言えるよね。書く以上は、その人のことに読む人にも思い入れを強く感じてほしい、と思うのは、作家の我なんだけど、それが出てしまう。

取材でメモをとっている段階からそういうところがあったよね。この人を描くなら、さっき言ったあの言葉だなっていうというのが、取材しながらできていたから、それにそって毎回、原稿を書くという感じでしたね。

いとうせいこうさんの取材メモ Photo by いとうせいこう