深夜ドラマ『セトウツミ』に私がドップリはまった理由

何も起こらないという衝撃
堀井 憲一郎 プロフィール

ほんとの「暇つぶしドラマ」

何も起こらないけれど、日常生活で起こる程度のことは起こる。

説明したところであまり意味はないのだが、説明してみる。

セトウツミとは、瀬戸と内海の二人の名前である。

秀才タイプのウツミは、クラスの友だちとつるまず、授業が終わったあと塾に行くまでの1時間半を川の近くの階段のところで過ごしている。1人でいるときは紀伊国屋書店のカバーをかけた文庫本を読んでいる。何の本かはわからない。

セトは完全な体育会系、サッカー部期待の選手でクラスでもみんなの中心にいるタイプ。しかし1年途中でサッカー部を辞め、放課後ひまになって川べりで過ごすようになった。

まったくタイプの違う2人だけれど、何となく話をするようになり、そのうちいつも放課後を一緒に過ごすようになった。2人は、ときに別の仲間も入り、暇をつぶしている。

略語について話したり、ババ抜きをしたり、履いてる靴をどれだけ川の近くまで飛ばせるかを競ったり、バドミントンでおもいやり対決したり、絵しりとりをしたりする。ほんとに暇つぶしである。

つまり「暇つぶしドラマ」である。書いていて、とても画期的な(だからと言ってそんなに興味も惹かなさそうだし、たいしたことでもない)ドラマだとおもう。

私が個人的にはまっているのは、どうやら、その無意味さにあるようだ。

寄席の演芸に近いとおもう。寄席の漫才に近い。

寄席の漫才はM−1グランプリなどとは違って、ゆるーく、だらっとしたもので、それはたとえば(たぶん知られてないとおもうが)京丸・京平とかひでや・やすことか、にゃんこ・金魚とか、そのへんの漫才を指している。

そういう漫才は、どんなに内容を説明しても、おもしろさは伝わらない。説明するとおそらく、それはつまらないんじゃないかと言われてしまうから、実際に見てもらうしかない。寄席の空気の中で感じてもらうしかない(それでもおもしろく感じるには5回くらい見てもらう必要はあるんだけど)。

それに似たドラマだとおもう。

セトウツミ原作漫画全8巻もこのほど完結!!

高校の頃のリアルな時間

第1話、瀬戸と内海の2人のシーンから始まった。ずっと喋ってるわけではなく、2人とも黙ってる時間も長い。かなり長い。

たしかに〝高校のときのツレ〟と過ごしてるのは、そういうものだった。

一緒にいるけど何もしないということがふつうにあった。時間が余ってたのだろう。

昔のことをおもいだすときは、だいたい「何をやったか」というポイントで記憶を探ってしまうが、このドラマを見てると、そういえば高校時代ってほとんど何もしてなかったなあ、ということがリアルにおもいだされる。

そんなことをおもいだしてもどうにもならない。

だから何ともいえない気分になる。