不倫ブームのはるか前、日本を席巻した「蒸発妻」たちの言い分

離婚できないなら、消えます
中森 弘樹 プロフィール

「蒸発妻ブーム」の到来

当初のミステリアスな「蒸発」に対する報道は、人々がそれに慣れてきたせいか、一時的に鎮静化の兆しを見せる。しかし、それも束の間、1970年代に入ると、「蒸発」の報道は再び盛り上がりを見せる。当時の雑誌記事の一つを紹介しておこう。

〈その中でも、特に最近、主婦の蒸発が加速度的にふえ始めている。その原因も、昔と違って、亭主が酒乱だとか、グウタラだとかいうのではなく、そんなことならひょっとするとウチの女房だってと心配になるほど、単純で、ありふれた動機なのである〉(『現代』1970.8)

上の記事では、1960年代の「蒸発」報道とは違って、「蒸発」はもはやミステリアスな現象ではなく、よくある出来事として扱われている。しかし、それ以上に目を引くのは、「主婦の蒸発」という新たな論点が登場していることである。

それにしても、なぜ「蒸発」するのは主婦なのか。上の記事より少し後の、別の記事を見ておこう。

 

〈いまや、妻から離婚を申し立てるなんてもう古い。めんどうくさい離婚手続きなんてマッピラと、夫も家庭も捨て、即充実したセックスライフを求めての蒸発がふえているのだ〉(『週刊現代』1974.10.17)
 
週刊誌らしい、いかにもな煽り文句だが、要するに主婦たちは、夫とは別の男性と不倫するために「蒸発」をしていたという展開である。そして、当時の雑誌記事では、どれも「蒸発」する主婦たちをこれとほとんど同じパターンで描いているのだ。

このように、「蒸発」は主婦の不倫とセットになることで、当時の人々の好奇心をがっちりと掴み、マスメディアで一大ムーブメントを巻き起こすことになる。「蒸発」して性的に奔放な振る舞いを見せる人妻を指す言葉として、「蒸発妻」という言葉が生まれたのも、ちょうどこの頃であった。

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「マイホームパパ」はつまらないから

「蒸発妻」というワードは、1970年代を通して雑誌を賑わしたようだが、その流行は1980年代前半には終焉を迎えたようである。

では、なぜ「蒸発妻」のように既婚者が失踪して不倫をするという内容の記事は、現代では流行らなくなってしまったのだろうか。そのことを考える前に、当時の「蒸発妻」報道の、興味深い特徴をいくつか挙げておこう。

まず、「蒸発妻」の記事では、「蒸発」の原因として、妻たちの夫への不満が強調されている。不満の内容としては、性の不一致の他に、夫の「マジメさ」が挙げられている。仕事に熱心で安定した「マイホームパパ」は、現在では夫として歓迎されそうなものだが、当時はつまらないという理由で不満の対象だったようである。

このような「蒸発妻」の奔放な振る舞いに対しては、多くの記事で非難の目が向けられている。しかし、面白いのは、彼女たちを擁護する意見もちらほら見られることだ。

その擁護の仕方もなかなかで、「蒸発妻は男性支配への反乱者」や、「それは閉鎖された空間のなかで見つけた唯一の救いなのかもしれない。」といった、やや大袈裟な物言いが目立つ。

このように、人妻たちの「蒸発」を、冗談とも本気ともつかないような口ぶりで面白おかしく取り上げる報道からは、「蒸発」を基本的には「けしからんもの」として眺めつつも、どこかでそれに共感を覚えてもいるような、当時の人々の微妙な心境を垣間見ることができるのだ。

それは、冒頭で述べたように、「人の不倫をなじる」ことに、つまり不倫した者への非難にほとんど終始する現在の不倫報道とは、いささか装いが異なるようには見えないだろうか。