いま哲学は何の役に立つのか? 岸見一郎と大澤聡が考えた

三木清・生誕120年記念対談
講談社文芸文庫

こんな時こそ、哲学が役に立つのです

岸見 僕は早くにギリシア哲学を専門にしようと定めていましたが、ギリシア語を独学でやるのは無理だと思った。そんなところに、関西医科大学の森進一先生が自宅でギリシア語の読書会を主宰されているということを耳にして、参加させてもらいました。

僕のように研究者を目指す人もいたけれど、医科大ですから医学生や医師がおおぜい参加している。ギリシア語のテキストは本当にむずかしくて、1ページを読むのに10時間もかかることがある。それを、多忙な医師たちが時間を作って読んでいるのです。そのことに驚きました。

けれど、親御さんたちは怒っていたらしい。国家試験の役に立たないことをさせるな、読書会にもう来させないでくれと。それでもめげずに、ギリシア語でプラトンを読み続ける人間が、どんな医師になるかはわかりますよね。

 

大澤 テクニカルな部分は専門教育でいくらでも向上させられる。けれど、患者とどう接するのか、医療グループをどう運営するのかは個人のセンスに委ねられてきた。その部分の改善が現在もっとも求められています。一見遠回りですが、医学書ではない、しかも役に立たないかもしれない本を読むことができる医者の存在は重要ですね。

大澤聡氏(左)・岸見一郎氏

岸見 森先生は「私は恨まれました」と言っていた。ソクラテスが死刑になった理由は、青年に害悪を与えたというものでした。三木も書いているけど、彼の思想は善導ではない。悪導ですね。そこで言う「善」はその時々の社会の利益であったり、立身出世であったり、成功にちゃんと結びつきそうなものを指すのでしょう。そういう点で言うなら、学問は「悪」の側面を持っている。

大澤 何が「善導」かは時代のパラダイムに応じて変わりますね。冒頭の話につなげると、戦時期によく「良書推薦」という言葉が使われました。たとえば、文部省などによって推薦図書リストが出されていた。そんなとき、「善導」という言葉も必ずセットで使われました。もちろん、戦争体制にある国家にとって必要な学生を育てることを意味しています。少なくとも体制批判などしない人間に導いていく。ようするに、味も素っ気もないただただ無害な本です。

時代が経てば「善」が誤りだったと否定されるわけですが、必要なのはその場で、「善」を疑う知性ですね。即効で役に立つとか、よいものだとかと言われているものを前に、一度立ちどまれるかどうか。戦時期の三木の書いたものを読むとにはそのことを強く感じます。

岸見 森進一先生の読書会で、毎週一回、プラトンの晩年の大作である『法律』を七年半かけて読んだことがあります。だけど、母が入院したので看病をしないといけないということで、「しばらく休みます」と電話をしました。すると、森先生がこうおっしゃった。「こんなときにこそ役に立つのが哲学です」と。哲学は役に立たないと言われることが多いので驚きました。

大澤 たしかに、人文系の学問を擁護するときに、役に立たないから大事なんだというレトリックが使われることがよくありますが、そしてそれは一定の真実をもってはいるんですが、やっぱり少しまちがっていて、じっさいのところ役に立つんですよ、哲学や人文は。ただ、即効ではないだろうし、「役立つ」の意味も思っているものとはちがうかもしれない。

岸見 今日こんなにたくさんの方が三木清をテーマにしたイベントにご来場くださったことを見ても、まだまだこの時代も捨てたものじゃないと思えてきますし、三木を生かし続けたいと思います。『人生論ノート』は、一度読むと人生が変わらないわけにはいかない、そんな本です。

大澤 先ほど、大学から一歩外に出ていたという話をしましたが、 文学に関しても同じで、「文學界」の同人になったものの自分は文芸批評家ではない、一歩外にいるんだという自己認識が『人生論ノート』のような奇跡的な本を書かせたんだと思います。そういった三木自身の人生もあわせて読むとまたちがって読めます。ちなみに、岸見さんにとって一番重要な章はどれなんですか。

岸見 「死について」の章です。あれが冒頭にあるのには絶対に意味があると思っています。彼は四八歳で亡くなりますが、親鸞の影響を強く受けていたので、もう少し生きていたら宗教哲学の本を残したはずです。

哲学者だからふだんは論理や理屈を突きつめて考えている。けれど、死後の生を信じていたのではないかと思えるような、論理では割りきれないことも書いている。若いころの僕には、そこがわからなかったのですが、いまならわかります。

大澤 三木は私生活の面では異様に情にもろかったり、女性に惚れっぽかったり、非合理な行為に出たりと、文章のもつきちきちっとした論理性とはずいぶんかけ離れていたようです。そのあたりの人間としての三木清がかなり前に出たのが『人生論ノート』。『三木清教養論集』『三木清大学論集』などの時事評論とあわせて読むことで、三木清の思想を立体化してもらえたらと思います。

(三木清・生誕120年記念対談 於八重洲ブックセンター)

岸見一郎(きしみ・いちろう) 1956年生まれ。哲学者。ギリシア哲学研究と並行してアドラー心理学を研究。『嫌われる勇気』(古賀史健氏との共著)がベストセラーに。著書に『幸福の哲学 アドラー×古代ギリシアの智恵』(講談社現代新書)、『アドラー 人生を生き抜く心理学』(NHKブックス)、『生きづらさからの脱却 アドラーに学ぶ』(筑摩選書)など。
大澤聡(おおさわ・さとし) 1978年生まれ。批評家、メディア研究者。近畿大学文芸学部准教授。各種論考を発表するほか、テレビやラジオで現代社会について精力的にコメントしている。著書に『批評メディア論』(岩波書店)。編著に『1990年代論』(河出書房新社)、『三木清教養論集』『三木清大学論集』『三木清文芸批評集』(いずれも講談社文芸文庫)など。