献花台に備えられた手紙と花 photo by gettyimages

「川崎市中1殺人事件」はなぜ私たちをこれほど惹きつけるのか

過熱した報道と1万人以上の献花の意味

2015年2月20日の朝、川崎市の多摩川の河川敷で、1人の少年が全裸で倒れて死んでいるのが見つかった。

上村遼太君。当時中学1年生の男の子だった。

遼太君の体には、首を中心にして43箇所の切り傷があった。死因は出血性ショック。つまり、出血多量である。

後日、逮捕されたのは、17歳から18歳の男子3人だった。供述によれば、3人は代わる代わるカッターナイフで遼太君を切りつけたという。しかも、殺害の前に複数回にわたって真冬の冷たい川で泳がせていた。

3人が立ち去った後、遼太君はまだわずかに息があり、最後の力を振り絞って草地を23.5メートル這った痕跡があった。

川崎市の多摩川河川敷 photo by iStock

この事件が起きた後、マスコミは1ヵ月以上にわたって大々的に報じ、インターネットでは犯人に関する個人情報が流出し、実家の場所から家族の詳細までもがさらされることとなった。また、殺害現場となった河川敷には、1万人以上といわれる人々が献花に訪れた。

一体、あの事件は何だったのか。

この事件の詳細を明らかにしたルポ『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』(双葉社)が今月刊行された。この本を元に、事件について改めて目を向けたい。

加害者は元いじめられっ子

加害少年3人は神奈川県川崎市川崎区で育った者たちだった。主犯格である少年A(18歳)は運転手とフィリピン人女性の間に育ったハーフの子で定時制高校に通っていた。

少年B(17歳)も日本人とフィリピン人女性のハーフで、通信制高校を中退。少年C(17歳)はAと中学高校が同じだったが、事件の前に中退していた。

Aは決して暴力的な不良というわけではなく、むしろ中学時代まではいじめられていたような子だった。彼は地元のゲームセンターで知り合った、同じくいじめに遭って不登校になっている者同士でグループをつくる。友人との遊びと言えば、もっぱらゲームをするか、アニメを見るかだった。

 

Aはそこで知り合った友人を介してBと知り合い、同時に高校で同じクラスになったCとも付き合うようになる。彼らはいじめられていた劣等感もあったのか、喫煙、万引き、飲酒と不良の真似事するようになっていった。

一方、遼太君は川崎で生まれたものの、両親の都合で島根県の西ノ島で小学校時代のほとんどを過ごした。小学3年生の頃、両親は児童相談所から虐待の疑いをかけられたことがきっかけで離婚。小学6年生の夏には、母親が遼太君を含む五人の子供をつれて、実家のあった川崎に引っ越した。

川崎に帰った後、母親は昼と夜のダブルワークをしてあまりマンションにいなかった。そんなこともあったのだろう、遼太君は中1の夏頃から次第に部活へ行かなくなり、家に帰らなくなる。先輩の紹介で知り合ったAたちと親交を結ぶようになったのだ。