M-1準優勝の和牛を「特別王者」と呼びたい理由

予選のネタまで分析してみると…
現代ビジネス編集部 プロフィール

最終決戦でもすごかった…!

さて、最終決戦です。とろサーモンは、ここで過去に別の舞台でも披露したことのある、もうひとつの勝負ネタ「石焼き芋」で挑みました。これは、戦略上正しいでしょうし、かつ、ブラックな笑いも含んだ彼らの集大成ともいうべきネタで、これも腹を抱えて笑いました。優勝にふさわしい文句なしの出来。筆者と同じ世代のお笑いファンには、ついに「オールザッツ漫才」以外でもとろサーモンが優勝する日が来た!と感慨深いものがあったはずです。

そしてミキを挟んで、最後の出番が和牛です。筆者は、「ウェディングのネタはすごかった。でも、決勝二本目はどれで臨むんだろう。ミキととろサーモンのネタに比べると、予選で見せたほかのネタは、少しパンチが弱いんじゃないかな…」と思っていました(大変失礼な話ですが)。

ところが、彼らはそんなお笑いファンの気持ちを軽々と超えてきました。三回戦、準々決勝、準決勝ではやらなかった「別のネタ」を持ってきたのです。つまり彼らは3回戦以降、計5本、まったく違うネタで戦ったことになるのです。

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この決勝二本目の「女将ネタ」については、あえて解説はしません。ひとつだけ言うなら、奇しくもとろサーモンの決勝一本目と設定が重なる部分もありましたが、同じ準決勝の舞台に上がっていた和牛はそれを分かっていたはずです。それでもこのネタを演じたのは、彼らなりの「勝負」だったのではないか、と推察しています。筆者も爆笑したことは言うまでもありません。

 

いつか聞いてみたい

テレビで観るぶんには、決勝ラウンド進出の三組が、それぞれ二本ずつネタをやっただけに見えますが、M-1は予選から見ていると、まったく違った「もうひとつの世界」が浮かび上がってくるのです。

もちろん、ネタの数が多い方がいいというわけではないと思います。これだ!という勝負ネタが一本あればじゅうぶんだ、という考えだってあるでしょう。決勝の二本が審査対象なわけですから、ネタの多さは評価対象でもないわけですし、それに、とろサーモンだって、同様にたくさんのネタを持っています。毎回変えることはできたでしょう。

ただ、失敗の許されない舞台で、毎回違うネタをやることは、恐らくとても度胸がいることだと思うのです。すべてのネタに自信がないと、こんなことはできないのではないでしょうか(筆者の大好きなSMA所属の湘南デストラーデも、3回戦の「野菜ソムリエ」のネタで通せば、決勝まで行けたはずだ…などと思うのです)。だから、予選のネタがすべて違う、ということは、「どのネタでも勝負できる自信がある」ということを意味しているんじゃないか、と思っています。

これは推測ですが、和牛は独特の「芸人魂」をもっているのではないでしょうか。つまり、テレビで観るお笑いファンだけでなく、予選も含めて、全体を通してM-1を楽しむような熱心なファンをも飽きさせない、あるいは驚かせるように、毎年のM-1に臨んでいるのではないか、ということです。

和牛のボケ・水田さんは元料理人です。勘ぐりすぎかもしれませんが、もしかすると、M-1という舞台をひとつの「コース料理」に見立てて、予選から決勝まですべて違う「ネタ(料理)」でお客さんを楽しませる、という職人魂があるのかもしれません。

(↑M-1直後に配信されたネット番組で、和牛は司会の千鳥に「なんで予選で全部ネタを変えたのか」と聞かれ、「思っていたより手応えがなかったから、不安で変えた」旨の発言をしていました。……となると上記推測は誤りだということになりますね。ご容赦くださいませ。それでも、変えるだけの勝負ネタのストックがあるのはすごいな、と思うのですが。いつかぜひ、和牛にインタビューして、真意を聞いてみたいものです。12月5日追記)

最後にもうひとつ付け加えておきます。和牛は、2016年のM-1グランプリでも、敗者復活を駆け上がり、見事最終決戦まで残りました。実はこの時も、敗者復活戦まではすべて違うネタで挑んでいたのです(昨年も3回戦以降すべてのネタをチェックしております)。

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準決勝と決勝のネタを変えてくるコンビは、過去にも数組いたと記憶しています。しかしながら、2年連続でこのようなことに挑戦したコンビを、筆者は他に知りません(不勉強の可能性もありますので、ご存知でしたらぜひ教えてください!)。

この年は決勝に上がってからは、さすがに予選で演じたネタ(彼女とドライブ、花火大会)をやりましたが、しかしそれでも、敗者復活→決勝1本目→決勝二本目と、その日一日、すべて違うネタをやったことになります。

彼らは二年連続準優勝でしたが、この度胸と自信、そして爆笑ネタを量産できる能力を考えると、もう、M-1という枠を超えた、別の称号を与えるべきではないか……そう思ってしまうのです。

筆者は芸人の生きざまが大好きです。仕事柄、芸人さんとお会いすることもあります。彼らは、ネタと芸に関しては本当に真面目な人たちです。いったいどんな思いでM-1のネタを選んでいるのか、また変えているのか…そのあたりの戦略や熱意を、機会があればこれから尋ねてみたいと思います。

約4カ月にわたって追いかけたM-1。正直、チケット代もバカにはなりませんが、こんなに熱い戦いが見られるのですから、この大会、どうかいつまでも続いてほしいと思うばかりです。

(2018年M-1グランプリの回想についても、ぜひお読みください→<霜降り明星優勝の瞬間に思い出した「あの時の光景」 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/58762>)

<文責/現代ビジネス・阪上大葉 https://twitter.com/hanjouteiooba

(註:筆者は1回戦、2回戦のネタは観ていません。2回戦ではやっていたよ、ということであれば、教えていただければ幸いです。また、筆者は09年以前のM-1は、準決勝は欠かさず観ていますが、それ以前の予選は観ておりません。02年に優勝したますだおかだや、05年に優勝したブラックマヨネーズも「予選と決勝のネタが全部違った」という噂を聞いたことがありますが……。ご存知の方がいらっしゃったら、ぜひ教えてください。そしてぜひ執筆してください

(追記➀:ますだおかだに関しては、02年に決勝でやった2本は「どこにもかけていない新ネタだった」と、『M-1読本』に書いてある、とのご指摘をいただきました。読み直します。まだまだ勉強不足ですね……どうもありがとうございました。)