なぜ日本は3・11以前の原子力政策に後戻りしているのか

日本が抱える「核」のジレンマ
鈴木 達治郎 プロフィール

原発の技術は核兵器に「転用可能」

そうしたなか、私のなかでもっとも心に引っかかっているのが、福島事故の教訓を生かせず、原子力・エネルギー政策の「根本的な改革」がまったくと言っていいほど見えてこないことである。

むしろ、3・11以前の原子力政策に後戻りしているのではないか、という危機感が徐々に強くなっていった。

そして、現在従事している核軍縮・不拡散問題と日本の原子力政策が、「原子力の技術が核兵器に転用できる」という意味で密接につながっている点、しかも日本の政策が核廃絶という人類究極の目標実現を阻害しているという事実が、ますます明らかになってきたのである。

 

そのことが、私の心にどうしようもない焦燥感と無力感を生み出しつつあった。

そんな折、「もんじゅ廃炉へ」というニュースに際して論考を発表したところ、高校時代のサッカー部の後輩から「読みましたよ」という一通のメールが届いたのである。

高校卒業以来まったく連絡もしていなかった彼からの一通が、核兵器と原発――日本が抱える「核」のジレンマのきっかけになった。彼は、私の危機感を率直に受け止めてくれて、「出版してみませんか」と誘ってくれたのである。

今、日本の原子力政策は、福島事故の教訓を忘れ、限界と矛盾に満ちたまま、前に進もうとしている。それに加え、核兵器廃絶という、被爆国日本がもっとも熱心に取り組まなければならない課題への大きな障害にもなっている。

この問題を乗り越えなければ、世界の「核」問題の解決に日本は貢献するどころか、さらに問題を深刻化させる恐れがある。

2017年は核兵器廃絶を願う人たちにとって特別の年となった。被爆者の長年の思いが、ようやく形となった。

7月7日、核兵器禁止条約が国連で採択されたのである。しかし、日本政府は、他の同盟国と同様「核の傘」に守られているため、この条約には参加しないと明言している。

唯一の戦争被爆国としての矜持はないのか。これが多くの国民の共通した気持ちであろう。

「核兵器の廃絶に向けてリーダーシップをとる……核保有国と非核保有国の橋渡し役を担う……核兵器の廃絶に向けて現実的で段階的なアプローチをとる」

これらが政府の正式な立場であるが、行動はどうか。実態は「核抑止」「核の傘」をむしろ強化する方向に政策をとっているため、少しでも核の傘の効力を弱めるような政策には反対しているのである。これでは、核兵器廃絶へのリーダーシップをとれるわけがない。