新聞史上最高のエロス 林真理子の『愉楽にて』君は読んでいるか?

まさか日経新聞で…
週刊現代 プロフィール

あそこの締まりを大激論

話を小説に戻そう。久坂には、複数の不倫相手がいる。それでも飽き足らず、シンガポールで働く夏子を口説き落とす。

〈久坂の右手は夏子の胸をやわらかく握る。ずっしりとした弾力だった。

「夏子ちゃんの、大きい」

(中略)ホックをはずす。女の洋服は包装紙と同じだ。はがすと中身はひとつひとつ違っている。予想どおりのこともあるし、驚くようなこともある。だから確かめずにはいられない〉(9月22日付)

著述家の湯山玲子氏は、『愉楽にて』の感想をこう語る。

「女性からみると久坂は理想的な中年男性です。親の代からの大金持ちでセレブ階級の一員。日本の男性は働くことがアイデンティティになっていますが、彼は自由です。

大学時代は『能』にハマっていたとか、ロシア文学を原書で読むとか、教養も高い。精神的に独立していて、ヨーロッパ人に近い感覚を持っている。それでいて女遊びをクールにこなす。久坂は林さんの理想的な男性なんじゃないでしょうか。

現代は家族愛が強くて、子供思いの『イクメン』がもてはやされたりしますが、そうした時代の趨勢が加速すれば、パートナー以外との快楽はタブーとされてしまう。これは『もっと大人になりなさいよ』という林さんのメッセージでもあると思うんです」

久坂は月に一度日本に戻る。そして東京や京都で女遊びをする。カネ持ちの友人たちと連れ立って、銀座のクラブで飲む場面では「女のあそこの締まりのよさ」、「どういう女が一番名器か」という話で盛り上がっていた。久坂の友人の山崎が言った。彼は京都に本店を持つ有名料亭の次男だ。

〈「アスリートというのはいいらしい。オレの友人が言うには、最高によかったのはフィギュアの選手らしい」(中略)

「オレもわからないが、スピンというのを必死でやる時にあそこがギュッと締まる。それで鍛えられるらしいな」〉(10月15日付)

〈男ってバカだから、アスリートとかバレリーナって聞くとさ、ものすごく期待しちゃうんだよねえー〉(10月16日付)

最後にはオペラ歌手が最高だという話になった。

 

朝からこの猥談を読むのはかなり刺激的だ。

不倫を繰り返す久坂だが、性格はかなり用心深い。トラブルを避けるため相手を吟味する。久坂が狙うのは、カネで解決出来る女か人妻。20代は絶対に選ばない。

前出の田中氏が言う。

「官能小説といえば、おじさんが若い女性と関係を持つという構図が多いのですが、本作で主人公が狙うのはあくまで30代~40代の人妻なのがいい。

アバンチュールの相手としては最高です。久坂が『痩せ型の女性より、ゆるい脂肪をつけた中年女性が好み』なのも共感できます。

大金持ちという設定自体は現実の自分とかけ離れていますが、セックスの場面ではリアリティを感じながら読める。そこが新鮮で、上手いなと感心しました」

久坂の女性に対する考え方も興味深い。彼は女の心なんて手に取るように分かると語るように、かなりの自信家である。飛行機のファーストクラスでCAに電話番号を渡され、「逆ナン」されるシーンではこう書かれている。

〈彼女たちの求めていることはわかっている。退屈な日常の中で、ちょっとした冒険をしてみたいだけなのだ。冒険といっても、危険を伴わない非日常の華やかな出来ごとだ。(中略)自分とのことは、女たちの中でかなりいい思い出になるに違いない。自信はあった〉(10月1日付)

久坂の女性分析は、林氏だからこそ書ける部分もある。特に男女の仲や女の自意識に関する洞察は鋭い。

前出の湯山氏は「林さんは久坂を通して、女性の手口も見破っている」と言う。

「たとえば、ベッドの上で『こんなの初めて』『めちゃくちゃにして』などと言う女について、久坂は芝居じみた女は疲れると語っています。

恋愛において『男性はバカだ』と思っている女性が多いですが、それは違う。男も女をかなり冷徹に見ています。こういった男女関係における真実が随所に顔を出す。だから女性が読んでも面白い」