「鈴木愛が大好きだ!」オジサンたちが夢中の女子ゴルファー

155cm、55kg。飾らない性格 
週刊現代 プロフィール

若いけれど苦労人

鈴木は順風満帆のエリートではない。徳島県出身で4人兄弟の次女。11歳のときにゴルフを始めた。ジュニア時代は中学3年で四国女子アマを制したが、さほど注目を集める選手ではなかった。

母・美江さんが語る。

「ゴルフを始める前は、小学校のバレーボールのクラブに入っていました。ただ、愛は団体行動があまり得意ではありません。

子どものころから負けず嫌いでしたが、バレーボールでは勝敗は1人だけの責任にはなりませんよね。本人は『自分は個人競技のほうが向いている』と思っていたみたいです。

もともと先に妹がゴルフを始めたんです。あるとき、1人で留守番することが多かった愛に、『一緒に行ってみたら』と勧めたところ、妹と練習に行くようになりました。

だから、自分から『ゴルフをやりたい』と言い出したわけじゃないんです。そんなこともあって、ジュニア時代は練習も好きじゃありませんでした」

 

練習熱心ではなくても、次第に才能は磨かれていった。転機となったのは、中学2年生のとき、フランスで開催されたジュニア大会に出場したこと。

その際、上田桃子プロが、日本のジュニア選手と記念撮影をしたり、質問に答えてくれたりする時間があったのだという。世界の舞台で戦う上田と接して、鈴木にも「自分もプロを目指そう」という気持ちが芽生えてきた。

Photo by GettyImages 上田桃子

徳島県の中学校を卒業すると、ゴルフ部が新設されたばかりの鳥取県の高校に進んだ。鈴木のために家族6人全員で引っ越したが、ゴルフ部員は鈴木と男子部員1人だけ。高校の練習場は30ヤードしかなく、恵まれた環境とはほど遠かった。

美江さんが思い返す。

「鳥取で暮らしていたときのことを思うと、いまのようになれるなんて考えられませんでしたね。

最初は、愛一人で鳥取に行く予定だったのですが、家族会議で『みんなで行こう』と決めました。

主人は製材業の三代目だったので、会社をたたまなければならなかったのですが、『子どもたちががんばっているから、私たちもそっちに賭けてみようか』と決断しました。

ところが、ゴルフ部の監督になる予定だった方が辞めてしまい、もともと徳島で教わっていたコーチに不定期で教わる状況が続きました。

そこで途中からはゴルフ経験があった主人がコーチになったんです。主人はコーチをしながら、昼間は知人に仕事を紹介してもらい、アルバイトをしていました。私は学校の食堂で働いていましたね」