実録!日本のクリスマスが「女と男のイベント」に変わっていくまで

押し付けに直面した当時の僕は…
堀井 憲一郎 プロフィール

「クリスマスイブといえば、男と女がレストランで過ごす夜」という認識を持っている連中と、まったく知らない連中が混在していた時代である。だから失敗もあった。

たとえば。おれより少し年下の男子の話。

1986年、彼女に言われてクリスマスイブに外で食事をすることになり、池袋に出向き(彼の住んでいるエリアから一番近い繁華街だったから)、デート向きのレストランへ行ってみたが、予約してなかったので、ことごとく満員で断られた。

彼女に何度も、予約はしてないの? だいじょうぶなの? と聞かれたのだが、いや、大丈夫でしょうとたかをくくっていて、大変なことになってしまった。歩き回って探したあげく、やっとふつうの、つまりロマンチックではない居酒屋に入り、カウンター席でクリスマスイブを過ごしたそうだ。

当然ながら、彼女はものすごく不機嫌になったという。まだ、若者全員に情報がまわっていなかったのである。「デート向きのレストランは、クリスマスイブには満席になっているので予約しないといけない」ということを知らない者も多かった。それが1986年である。

高級ホテルで過ごすという発想

同じころ(1986年ごろ)私は編集者から「クリスマスの朝のシティホテルでの驚くべき風景」の話を聞いた。

彼はたまたま打ち合わせでホテルのロビーに午前中にいたところ、次から次へと着飾った若者カップルがフロントでチェックアウトしていくのを見て、その風景の異様さにおののいたという。

編集者が打ち合わせに出向くホテルだから、安いホテルではない。高級ホテルである。若いカップルが(大学生や20代前半の若者が)ふだん使いできるレベルのホテルではない。特別な日に使うにしてもその数が多すぎた。

その奇妙な風景を聞いて、私も驚いた。知らないところで地平の変動が起こっている。イブを高級ホテルで過ごすという発想じたいがとても新鮮でもあった。

ただこの列島では情報がまわるのが早い。

おそらく1986年の数多い失敗は、広く早く伝わっていったのだろう。

1987年から1988年にかけて多くの若者が真似をした。店側もそれに対応するようになった。雑誌にマニュアルが載る。予約はかなり前にする。クリスマスイブのために夏からアルバイトをする。そういう循環が始まった。

この、分不相応な若者のクリスマス蕩尽のピークは1990年だった。

おじさん向けの一般週刊誌が「若者のクリスマス馬鹿騒ぎ もうええかげんにせんかい」というような特集を組み始める(この見出しは週刊文春のもの)。1990年は異様な株価高騰が天を打った年で、そこが好景気の天井だった。1991年になっていきなり「バブル」という言葉が唱えられ、好景気と馬鹿騒ぎに水を差し始めた。

ただ、クリスマスをロマンチックに過ごす、という意味不明の押し付けは、きちんと定着した。

そのまま30年である。

この先、社会の生活スタイルが完全に変わるまでは、この不思議な因習は続くようにおもう。変わるとするなら、2030年代後半から2040年代だ。

まだ少し先だ。もう少しつきあっていくしかない。

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