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山一證券の極秘報告書を入手!実名で暴かれた「本当の悪」

自主廃業から20年目のスクープ

野澤正平社長(当時)が涙の記者会見をしてから20年。だが、最後まで山一證券に自浄作用が働くことはなかった。それを示す「極秘報告書」について、『しんがり』『空あかり』の著者が真相を明かす。

不正は「公然の秘密」

もし、その報告書が公表されていれば、日本の企業社会に痛烈な教訓を残していただろう。20年前に経営破綻した山一證券の法的責任判定委員会が作成し、封印された2つの報告書のことである。

東芝の不正会計や日産の検査不正、神戸製鋼所の検査データ改竄など、組織ぐるみの不正が横行する大企業にあって、その「不正の協業」に対する責任追及はいかに行われるべきなのか、報告書は大きな道標になった――はずだった。

2つの文書は、日本企業に共通した組織的不正の構造をえぐり出しただけではない。

日本企業では、出世と引き換えに、〝背信の階段〟を登る多くの社員が生まれるということ、そして、彼らの協業が不正を長く隠蔽させ、遂には会社を窮地へと導くことを、多数の関与者の実名を挙げて告発していた。

山一破綻から20年を迎えたのを機に、私は元山一社員の再起の物語を改めて取材して歩いたが、いまなお怒りを秘めた人のなんと多かったことだろう。

山一を見限った元課長は「社内各所に含み損が隠蔽されていることは公然の秘密だった」と語る。

自ら組織不正に加わっていたと証言する者、「内部告発を生かす企業社会に」と主張する元社員……私が出会った元社員の声と、〝幻の報告書〟を支えに、日本企業の病理を改めて検証してみよう。

四大証券の一つだった山一證券は、1997年11月24日、金融不況のさなかに約2600億円の債務隠しが発覚して、自主廃業に追い込まれた。簿外債務の事実を知らされず、失職した役員や社員は激怒し、新旧経営陣の追及を始める。

だが、その不正は法人部門で「公然の秘密だった」と、「レコフ」(東京・麹町)社長の稲田洋一は語る。

いま、東芝や日産、神戸製鋼所で繰り返される日本企業の「不正協業」の構図である。稲田は山一破綻の3年前、山一事業法人第一部課長の職を投げ打ち、日本のM&Aビジネスの草分けであるレコフに飛び込んでいる。

「山一本社では、法人営業のエリートと言われる営業マンたちが飛ぶ鳥を落とす勢いでした。会社の容認、黙認のもとで、(不正な)利回り保証をしてファンドを集めてくる。そんな専門家が綺羅、星のごとくいて、その人たちが『特A』評価を受けていた。それが損失を生んでいるのに、誰も何も責任を取らないし処罰もされない」

証券会社では嫌なことも感覚をマヒさせることも起きる。だとしても、それはあまりに不条理で許せない、と稲田は思っていた。彼は'93年夏、米国留学から帰ってきた。

「そのころ、飛ばしの末に、とてつもない含み損が各所に存在していて、それが隠蔽されていました」と稲田は言う。

彼はその金額が1兆円を超えていて、処理不能だろうと考える。それ以上に深刻だったのは、経営陣の対応だった。

「分かっていて、目をつぶり問題を拡大し、完璧に隠蔽した。まさか(辞めて)3年でつぶれるとは思いませんでしたが、いずれこの会社はだめになるということには、ほぼ100%の確信がありました」