2017.12.02

「侍ジャパン」の監督はなぜ稲葉に決まったか。強化部長が明かす

驚き、いや、当然…?
二宮 清純 プロフィール

選手時代の評価は…

―稲葉監督は中京高(現・中京大中京)から1991年に法大に入学しました。入ってきた時は、どんな印象でしたか?

山中 いや、稲葉については“うわ、これはやっぱりスゴイな!”と思いましたよ。だけど、その後、期待していた程、伸びなかった。これは法政にありがちなことなんです(笑)。それで私が監督になった時、「キミはこんな選手ではないはずだよ。何をやっていたの?」と聞きました。彼が4年の時ですよね。それから、少しずつ良くなってきたのかな。六大学野球のベストナイン、日米大学野球やユニバーシアードの代表メンバーにも選ばれました。

―本人によると大学4年時、春季リーグの明治大戦で二試合連続ホームランを打った。左投手から一本、右投手から1本。この試合を、当時、ヤクルトの監督だった野村克也さんがたまたま見ていた。それがドラフト指名のきっかけになったという話ですが……。

山中 実は野村さんが指名しなかったら、近鉄が3位で指名する予定になっていた。ところが野村さんが「稲葉がいるじゃないか」と言ったことで、近鉄は指名直前にヤクルトにさらわれてしまったんです。

ヤクルトのスカウト部門の責任者からは指名後、「すみません。事前に何の連絡も入れずに指名してしまって。野村さんが急に“行け!”となったものですから……」と謝りの電話が入りました。逆に近鉄のスカウトからは「ウチしかないと言ってたのに……」と文句を言われましたよ(苦笑)。

 

―教え子がプロの世界で2000本以上打つと思っていましたか?

山中 いや、まさかですよ。指導者に恵まれたこと、性格が素直だったこと、努力を続けたこと……。それらがいい方向に作用したんでしょうね。

余談ですが、もうひとり“まさか、こいつが!”という選手がいます。ヤクルトで活躍した古田敦也です。2097本もヒットを打つなんて思いもしませんでした。古田はソウル五輪の日本代表で、僕はあのチームの投手コーチです。

プロに入って5年目くらいかな、「プロって、なんでそんなに簡単に打てるの?」と聞いたら「山中さん、いい加減にしてください。僕は首位打者もとったし、ベストナインやゴールデングラブ賞にも選ばれた。いい加減、僕のことを褒めたらどうですか?」と怒られてしまいましたよ(笑)。

―話を東京五輪に戻しましょう。同じ侍ジャパンでもWBCとオリンピックとでは何もかもが違います。WBCはNPB主導でしたが、オリンピックとなるとJOCの管轄になる。国際競技連盟(IF)は世界野球ソフトボール連盟(WBSC)で、国内競技連盟(NF)は全日本野球協会(BFJ)です。山中さんたちには各団体との調整・交渉能力が求められます。

山中 おっしゃるとおりです。WBCは単なる野球の国際大会ですが、オリンピックは33競技の中のひとつ。人数も選手が24人、監督・コーチが4人とWBCに比べると、かなり制限があります。ルールを見てもWBCには球数制限があるが、オリンピックにはありません。同じ野球とはいっても全く異質のものと考えていいでしょう。

―山中さんは代表監督に加え、ベイスターズの専務取締役の経験もあります。稲葉ジャパンのGM的な役割を担うのでしょうか。

山中 役割はともかく、監督と代表チームを支えなければいけない。たとえばドーピングの問題ひとつとっても、プロ野球に比べて中身やシステムがよりシビアになっています。また代表チームの指導者や選手には研修が義務付けられています。

野球は日本で一番人気がある競技だからといって特別扱いは一切ありません。そのあたりの教育や情報提供は、こちらが受け持たなければならないと思っています。

(つづく)

読書人の雑誌「本」2017年11月号より

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