日本人の「心情」はすでに大震災前に戻ってしまったのかもしれない

なぜこの社会は生きづらいのか?
堀 有伸 プロフィール

権威批判は簡単、だからこそ…

話が抽象的で分かりにくいと思うので、個人的な経験を書く。

私は30代の前半、「治療共同体」というコンセプトを重視する精神科病院に勤務したことがあった。

これは精神科病院等に長期入院した患者が、管理されることに慣れきってしまい、自発性や能動性を失ってしまう問題にどのように対処するかという問題意識の中で発展した精神科の治療についての一つの思想だった。

そこでは、精神科病院を一つのコミュニティーであると考え、入院している患者もコミュニティーの一員として、コミュニティーの課題について知り、その運営に参加する機会を与え、そこでの患者の活動を支えることで能動的に社会とかかわる姿勢を回復させることが試みられた。

具体的には病棟で頻回にコミュニティーミーティングを開催することなどが、その手法だった。

その理念に共感して熱心にその病院での勤務に励んだ。精神科病院において、医者>看護師>他の医療職種>患者というヒエラルキーが存在し、それこそが患者に害悪をなしていることを、そのときの指導者は強調した。

確かに、精神科病院には抑圧的で搾取的な構造があり、それを取り除くことで患者が改善することがあることを、私は度々体験した。次のような例を挙げておく。

・病院への批判意識が非常に強く、かつ、金銭へのこだわりが強い患者がいて、長期に個室に隔離されていた。
気分が高揚したときに多数の買い物を行い、その物品を捨てることに本人は同意せず、病院が管理費を取って院内にその物品を置いていた。
なかなかその患者の興奮が収まらなかったが、病棟師長が状況を理解し、その物品の管理費がかからないような工夫を行った。その結果、その患者の興奮が改善した。

・心の問題の改善のためには、ノーリスクの安全な場所で生活するだけではなく、自分の判断で何かを行動してみて、成功でも失敗でも、実際に経験することが重要である。
しかし、医療スタッフは、自分が担当する時間にトラブルが生じる可能性が高まる治療計画が実施されることについて、モチベーションを感じることが困難である。
それに対して、医療スタッフ>患者という力関係を批判することで、「患者の安全を確保するために」という大義名分の下で、過剰な管理・行動の制限が行われやすかったのが改善した。

 

ここまでは利点の方が多かったのだが、既に問題点が現れ始めている。患者>コ・メディカルスタッフ>看護師>医師という、逆転の力関係が導入されていたのだ。

これは、高い理念についての日本的な誤解による逸脱的な運用であり、それを続けた結果は、後悔の多い内容となった。

旧来の精神科病院のヒエラルキーを批判して、ある程度の治療的な成果を挙げることができた私は、傲慢になった。どんな権威であっても、それが権威として社会の中で機能している以上、それを批判するロジックを構築することは容易である。

なぜなら、「権威」とそれへの依存性こそが、社会の悪の根源であることを前提に活動しているのだから。より大きな権威を批判することで、より大きなナルシシズムの満足がえられるような倒錯的な歓びを、自分の支えにするようになっていた。

その代償は小さくはなかった。

自分が少しでも権威性を帯びないように、配慮しなければならない。人に向けた刃は自分に戻ってくる。私も現実の社会で仕事をしている以上、権威性を周囲に承認してもらえなければ役割を果たせない場面に遭遇する。

そんなときに、私が外部の権威を批判する姿を評価して、私の近くにいた人々は、私が誰かを批判したように私を批判した。ときには、「男」であり「医者」であり「東大卒」なのが、逆差別の根拠になっているように感じたこともあった。多少の反論を行ったが、結果としては力なくその批判を受け入れて身を引くしかない場面が、いくつもあった。

なぜ自分でも、そんな当たり前のことが分からなくなっていたのか、今となっては不思議である。「社会的な序列関係」や「権威」に問題があるとしても、それが全て間違いなのではない。

病院における救急治療の場面などでは、そのようなヒエラルキーがきちんとしている組織でなければ、適切な医学的管理を行うことが不可能となる。パターナリズムが必要な場面も存在する。それを全否定することは、大きな誤りである。

実際に、ここに紹介した病院では、難しい問題に責任を持ってかかわろうとする職員は、辞めていった。大変な問題に取り組んだ後で、その行為の中に少しでも「権威的」な部分があれば、厳しく批判されることがくり返されたからだ。

残るのは、「オモテ」の序列関係が批判された後に成立した「ウラ」の序列関係の上位にいる人たちで、可能な限り複雑な問題にはかかわろうとせずに、後からかかわった人を批判することが上手な人たちだった。

こうしたことは病院に限らず、日本のあちこちでいまだに起きているのだろう。

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