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北の工作員が日本人拉致を続々実行する契機となった「ある事件」

私が出会った北朝鮮工作員たち 第8回
竹内 明 プロフィール

検察が選んだ「法の守り方」

北朝鮮工作員に脅され、補助工作員になっていたこの男は、久米さんと旅館を出たあとの行動も詳細に供述した。

<久米さんを連れて、宇出津海岸の「舟隠し」と呼ばれる入り江に到着すると、落ちていた石を拾い、3回打ち鳴らして合図を送った。すると暗がりから工作員3名が現れた。

「ご苦労様、連れてきましたか」
「はい、ハリモトさん。連れて来ました」

「ハリモト」は合言葉だった。久米さんはそのまま男たちと海岸を歩いて行った>

こうして、久米さんは工作船で北朝鮮に連れ去られたのだ。

この事件は、はじめて日本警察が掴んだ北朝鮮による拉致だった。捜索では、本国からの指示を裏付ける乱数表なども見つかった。

ところが、ここで驚くべき事態が起きる。

検察が、「国外移送目的誘拐罪」つまり「拉致」での立件に反対したのだ。

 

久米さんが自らすすんで行ったのか、拉致されたのか、被害者がいない以上確認できない、というのが立件反対の理由だった。

それどころか、担当検事は補助工作員だった男の、外国人登録法違反の容疑まで不起訴にしてしまったのである。

検察は、北朝鮮による諜報事案、それも国家ぐるみの日本国民拉致を、一般の刑事事件と同様の扱いにして、極めて厳格に法を適用したのだった。

こうした姿勢は、法治国家の法律家としては褒められるべきことなのかもしれない。だが、北朝鮮の工作機関には「日本はスパイ天国」と映ったに違いない。

「(宇出津事件での)検察による不起訴処分が、北朝鮮の諜報機関を増長させた。それに警察も、拉致の事実を一切公表しなかった。北朝鮮による拉致の事実を国民に隠し続けたせいで、その後も日本人が次々と拉致されることになったんだ」

ある公安捜査員はこう言って悔しさをにじませる。一方、警察キャリアは検察を説得できなかった裏事情を私に明かした。

「宇出津事件では、工作船からの電波傍受という決定的な証拠があったが、これは公安警察内部の極秘事項で、検察に対して証拠として開示できるものではなかった。手の内を明かすわけにはいかなかったんだ。だが、その結果、国民に警鐘を鳴らすことができなかった……」

こうして、宇出津での久米さん拉致は公にならなかったわけだが、この事件以降6年間(1977年から1983年)に、日本政府が認定した少なくとも17人の日本人が北朝鮮に拉致されることとなった。

日本政府の関係者が北朝鮮による拉致の可能性を公に認めたのは、ようやく1988年になってから。ときの国家公安委員長・梶山静六が国会答弁で、1978年以降の複数の失踪事件について、北朝鮮による拉致の疑いが濃厚、と述べた。

これに続いて、警察庁警備局長も「すでにそういった(拉致という)観点から捜査を進めている」と答弁している。

だが実際には情報開示の気運は乏しく、1990年代に入って拉致被害者の家族会が結成されたあとになっても、日本警察は「捜査上の秘密」として家族会に情報を開示することはなかった。

13歳で拉致された横田めぐみさんの事件が発生したのは、今回取り上げた宇出津事件で久米さんが連れ去られた、2ヵ月後のことだ。

組織の論理と、司法の壁。この「隠蔽された拉致事件」は、現場の地道な捜査を実らせることができなかった、日本の警察・検察が猛省しつつ背負い続けるべき十字架だと言えるのではないだろうか。

(竹内氏が日本に潜む「モグラ」と公安の闘いを取材した続編はこちらから

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