貴乃花はモンゴルグループのなにがそんなに許せなかったのか

覚悟を決めた可能性も
週刊現代 プロフィール

同胞とはつるむな

「異郷で暮らす寂しさからか、モンゴル出身の力士は地方巡業のときだけでなく、都内のモンゴル料理屋などで年に何度も懇親会をします。メンバーはみな酒が強く、酔うと荒っぽくなる。

しかし、日馬富士は結婚し3人の子宝に恵まれて、横綱にもなったので、だいぶおとなしくなったとも聞いていました。ただ、後輩の挨拶や礼儀には厳しいですよ」(スポーツ紙相撲担当記者)

貴ノ岩はそういうモンゴル派閥とは距離を置いており、今回珍しく宴席に出席したのは、母校である鳥取城北高校の恩師が参加していたからだろう。ふだんはモンゴル人の飲み会にも参加しなければ、つるむこともない。

たとえば他の相撲部屋所属でも先輩力士が同じ店で食事をしているとわかれば、後輩が挨拶に出向くのが、角界のルールである。ところが、貴ノ岩はそうしたことを一切しないのだという。

「これは力士同士の馴れ合いを嫌う貴乃花部屋の方針によるところが大きい。

部屋を作ったときに、『外国人力士は入れない』と公言していた貴乃花が、貴ノ岩の才能に惚れこんで弟子にした。貴ノ岩も父親のように貴乃花親方に心酔して、師匠の方針に従っているんです。

日馬富士にしてみれば、モンゴル出身の先輩に対して挨拶ぐらいちゃんとしろよ、と以前から貴ノ岩に不満を持っていた。それがヒートアップして暴力をふるってしまった。

最終的には二人はその場で和解して、酒席は解散したそうです。周囲も大したケガはしていないと思っていたのでしょう」(前出・スポーツ紙記者)

 

貴ノ岩も当初は貴乃花親方に「転んだ」と報告し、翌日の巡業にも参加している。

だが、暴行から4日後の10月29日、貴乃花親方は巡業先の広島県福山市から鳥取県に舞い戻り、鳥取県警に被害届を出した。

後日体調不良を訴えた貴ノ岩から、すべてを聞いてそうした行動に出たのだろう。貴ノ岩は「脳震とう、左前頭部裂傷、右中頭蓋底骨折」など全治2週間だった。

11月3日、警察からの問い合わせでトラブルを知った相撲協会担当者から事情を聞かれた貴乃花親方は、「わからない」と回答をした。その真意もまた誰にもわからない。

だが、巡業部長という立場でありながら、事前に協会に相談することなく、被害届を出した。これは覚悟を持ってのことだろう。協会に明かせば、話し合いで示談となり、事件は公にならないと考えたに違いない。

先輩横綱にあたる伊勢ヶ濱親方(元横綱・旭富士)が、日馬富士とともに謝罪のために部屋を訪れた際、貴乃花親方はちょうど車で出かけてしまい、すれ違いとなった。

だが、車内から二人の姿は見えていたはずなのに、車を止めずに走り去った。横綱が袴を着てくることだけでも、よほどのこと。それを無視したのである。宣戦布告ともとれる。