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リーダーに必要なものが、ようやく分かりました

サッカー宮本恒靖の挑戦

FIFAマスターでの経験が
視野を広げてくれた

現役を引退した翌年、宮本さんはFIFAがスイス・イタリア・イギリスで運営する修士課程「FIFAマスター」に入学。10倍以上の難関を突破し24か国(地域)から集った30人の同級生は、博士号をもつ研究者から弁護士、メディア関連、サッカー協会職員、マーケティング業界などさまざまなバックグラウンドをもっていたという。スポーツを組織論から歴史、法律、経営など幅広い視点で学び、日本人元プロサッカー選手として初の修了生となった。

「現役を離れるとき、自分の引き出しの中身を増やしたい、知らないことを学びたいという気持ちが強くあって。それでFIFAマスターを志望しました。入学当時35歳。新しいことを学ぶには年齢的にギリギリだと考え決断しました。

たぶん体力的にも精神的にも、あと2年くらいは現役を続けることはできたと思います。でも自分がそれまで歩んできたキャリア以上のものが、2年先にあるとは思えなかった。それよりも次に進むことのほうに強い渇望がありましたね」

ガンバ大阪の本拠地、吹田スタジアムは、2016年に140億円もの寄付を集めて建設された日本初のサッカー専用スタジアム。監督となりピッチ外から練習風景を見つめる目は、観客やマネジメントまで広い視野を感じさせる。

将来自分がどうありたいか――目標や目指すイメージがあれば、宮本さんのように、今どう時間を過ごすべきで、そのためにどんな決断を下すかが自ずと明確になる。

「FIFAマスターで学んだ時間は充実していたし、そこでの経験は視野が広がったという点でとにかく大きかったです。

いちばん大きいのは、それまでサッカーを選手の立場でしか見ていなかったわけですが、サッカーをもっと多角的に見るようになったこと。たとえば、観客の入りやそれに伴う収入などのマネジメント面、スタジアムの活用から放映権などのライツ問題、さらには選手のキャリアパスなど。現在は指導者としてより現場に近いところにいますが、この視点は今もありますし、それはFIFAマスターへ行かなければ得られなかったものです」

知らないことを知りたいという旺盛な好奇心もさることながら、学ぶことを厭わず、むしろ積極的に学び続ける。その飽くなき向上心を支えるものとは。

「この先に、また違う何かが見えたらおもしろいじゃないですか。年齢に関わらず、人は学び続けていくものだと思っています。

小学生の頃、当時70代だった祖父が赤線を引きながら熱心に本を読んでいたり、法学部出身だった父が会社勤めをしながら司法試験の勉強をしていたり……。そういった姿を間近で見ることで『学ぶことは、生涯ずっと続いていくものなんだな』という意識が、自然と自分の中に根付いたんじゃないかな。

今年はアウトプットが多すぎる1年でした。インプットが必要ですね」

選手へ気さくに声をかける姿からにじむのは、あたたかな気遣い。向上心や俯瞰的視野だけではなく、この人柄こそがキャプテンシーの源かもしれない。
 

スポーツの力で世界を変える
もうひとつの挑戦

「FIFAマスターでの最終研究で、仲間たちとあるテーマに取り組みました。

かつての紛争のために今も民族間の分断が残るボスニア・ヘルツェゴビナのモスタルという町に、子どもを対象としたサッカーアカデミーをつくり、スポーツの力で民族の融和を図り社会を変えることができるのではないかという仮説を立て検証しました」

修了後、実現に向けて「マリモスト」(“小さな橋”を意味する)というプロジェクトを立ち上げ、外務省やJICAなどからの支援を受けながら2016年10月、アカデミーの開校にこぎつけた。

現在もサポートスタッフの力を借り、クラウドファンディングやスポンサーを探して運営費を募るなどして活動は続く。(活動の様子はFacebookで更新中)

アカデミーには7歳から13歳まで60名の子どもたちがいて、週2回くらい活動しています。女の子も10人ほど。彼らは一度、日本にもやって来ました。

最近よく『ダイバーシティ(=多様性)』という言葉を耳にしますが、彼らが日常でさらされている民族の“多様性”、また日本というものすごく遠い国で見て感じた“多様性”。そうした多様性を受け入れる目をもつ子どもたちが少しでも増えることで、暮らす地域をよりよくしていってくれるのではないかという期待もあります。

本業のサッカーとは違いますが、スポーツを通して何かやれたらいいなという挑戦。僕にとっては、ライフワークでもあります」