「国境なき医師団」活動の舞台裏を見に行ってみると…

何をしているか具体的には誰も知らない
いとうせいこう

話を聞き始めて十分もしなかった。

「あの、谷口さん。僕があちこちで海外取材しちゃダメですか?」

逆取材の申込みであった。自分が知らなかったことを、より深く知りたい。そして自分と同じく知らなかった人に伝えたい。俺は単純にそう思った。谷口さんは少し驚いた表情を浮かべたのち、もちろんお願いしますと答えたのだったと記憶する。あとから聞くと、まさかそんな展開になるとは思っておらず、かなりとまどったようだ。それはそうだろう。

だが、そこからもとんとん拍子であった。取材日程だけがまず決まり、ともかくその期間に受け入れてくれるところを柔軟に探すことになった(各地域で事情はすぐ変わるから、我々は直前までどこに行くかを決められない)。さらに、自分の知りあいがちょうどヤフージャパンの中に編集者として転職し、彼に相談したところありがたいことにヤフーに自由に記事を出していいことになった。

連載して1ヵ月後には、ニューズウィーク日本版が転載してくれることにもなり、これは電子メディアの良心と素早い対応力のおかげであった。

 

あとは取材をがむしゃらにした。そして締切りもないのに2年間、4ヵ国での体験を月に最大4回ずつ書いた。書くことでMSFの役に立ちたいという一心だった。現地でたくさん感動させられたことも当然強いモチベーションとなった。

産科救急センターで、心臓に障害のある赤ちゃんに注射器で授乳する母親(ハイチ)
南スーダンからの難民があふれる、ウガンダ国境近くの難民登録所

かつて作家はよく戦記文学を書いた。開高健のベトナムなど、名作が自分の前に常にあった。緊迫感は先行者にかなわない。しかし、世界がゆるやかに崩壊しているような時、自分はそれをどうやって書くベきか。そしてどう柔らかく伝えるべきかを常に考えた。

結果が知らぬうちに七百枚以上の手記『「国境なき医師団」を見に行く』になった。

世界中の『国境なき医師団』でも、こんなに内部を書かせたことがないし、現地にいるMSFメンバーの内面をここまであれこれと聞き書きされたことはないそうだ。

各国語に翻訳されればいいと思っている。

(写真/いとうせいこう)

読書人の雑誌「本」2017年12月号より