なぜ、そしていつ、クリスマスは恋人たちのものになったのか?

歴史を辿ると意外なことが見えてきた
堀井 憲一郎 プロフィール

アンアン「クリスマス大特集」(1983年12月23日号)で、クリスマスを彼氏とホテルで過ごしたいと宣言した。クリスマスイブは素敵なレストランで過ごして、そのあとシティホテルで泊まり、ルームサービスで朝食を摂りたい、というむちゃくちゃなことを言い出した。

1970年代から1980年代の雑誌のクリスマス特集を調べた結果、わかりやすいポイントはこのアンアンだった。

ちなみに、これはアンアンで言ってるだけのことであり、1983年当時のすべての日本の若者がそういうことを行っていたわけではない。私は当時25歳だったが、そんな宣言にはまったく気付いていなかった。

しかし女性は確信を持って、先走っていた。

彼女たちの確信がバブル経済を招聘したのではないかとおもえるほどの行動力である。

あらためて、1980年代後半の、あの沸き立つような好景気がなければ、みんなが浮き足立っていなければ、「男と女がクリスマスイブを一緒に過ごす」という無理な要求はさほどにすんなり通らなかったのではないかとおもう。なんか足元を炒られてるような気分だったので、深く考えずに受け入れていった。そのまま30年以上も続くとはおもっていなかった。

男性誌は4年遅れた

1983年に女性側からの宣言はあったが、男性は気がつかず、やりすごしていた。

そもそもなんで“子供のお楽しみの日”に大人の男女が盛り上がらないといけないのか、意味がわからなかった。いまで言えば「3月3日は女の子の節句だから、恋する二人はぜったいに一緒にいなければなりません」といわれたようなもので、いや、好きな人はそうすればいいけどべつに強制しなくていいでしょう、という気分になってしまう。

 

女性の意図が理解できなかった。

1980年代当時に理解できなくて、その後もずっと理解できない。

1980年当時の若い男性向けの雑誌といえば『ポパイ』と『ホットドッグプレス』だったが、その2雑誌は「クリスマスに女の子と過ごす方法」について、1983年ころにはまったく無関心だった。アンアンの強烈な宣言から4年遅れて、1987年になってやっと対応し始めた。(それもポパイとホットドッグプレスが同時に、である)。

そこからは坂を転げ落ちるというか、絶壁を滑り落ちるように、クリスマスには女の子の要望に応えなければいけなくなった。

今年2017年のクリスマスは、「クリスマスが男女で過ごすものとなって(それを男性が承諾して)30年」となる。

50歳の大人にとっては、たしかにそのころからだったとおもいだせる年月であるが、30歳の人間にとっては、遥か昔、ずっとずっと昔からそうなっていたんじゃないかと考えてしまう。それぐらいの年月だ。

「男と女のクリスマス」はほぼ平成の文化であり、ロマンチックを夢見た女性たちのごり押しの文化でもあった。だから、女性と仲良くしたいと考えている全男性は、クリスマスについては、とにかく女性の言うことに従っていたほうがいいとおもう。それが日本のシステムです。

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キリスト教徒でもないのに、なぜ日本人はクリスマスにバカ騒ぎしてきたのか? という謎が解き明かされる!