なぜ、そしていつ、クリスマスは恋人たちのものになったのか?

歴史を辿ると意外なことが見えてきた
堀井 憲一郎 プロフィール

アンノン族は団塊の世代から少し下である(一部、団塊の世代をふくむ)。昭和20年代後半(1950年代前半)生まれの女性たちが、ファッショナブルな若い女性として登場してきた。

そして、その下の世代、昭和30年代生まれが、「ロマンチックなこと」を多く望む世代として現れてきた。少女漫画世代である。少女漫画で育ち、白馬に乗った王子様をしっかり夢見ていたロマンチック世代である。サブカル文化の先駆けと捉えることもできる。

彼女たちは、まず、バレンタインデーをロマンチックにした。チョコレート会社が、バレンタインデーをチョコレートの日にしようとしたのは、ふるく1960年に始まるが、当初、まったく定着していない。

それを拾い上げたのが彼女たちだった。

小学校高学年から中学生のころに、バレンタインデーを少女たちの告白の日にしていったのである。

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私はだいたい彼女たちと同世代なのであるが、当時、そういう動きがあることはまったく気づかなかった。20年経って話を言いて、初めて知った。

のんきな男子が野球やどろじゅん(泥棒と巡査)をやっていたころ、(女子もときにどろじゅんには入ってましたが)彼女たちは少女雑誌、漫画雑誌からすごい勢いでロマンチックな情報を仕入れており、すごいスピードで恋愛ちっくな方向へ進んでいたのである。同い年の少年と少女は、いつの時代でも、圧倒的に女子のほうが大人びている。

1968年ごろから少女たちは、とても密かに、好きな男子にチョコレートをあげるイベントを始めており、1970年を迎えても静かにずっとつづけていたらしい。

 

1970年代前半は女子陣営だけの秘密だったのだが、1970年代後半になってオープンなイベントになった。

私の見るところ、1977年に全国的に男女に公開されたイベントになったようにおもう。1970年代の終わりには、バレンタインデーはきちんとロマンチックな日となった。

1983年のクリスマス宣言

次がクリスマスである。

すでに1970年代後半には、クリスマスもロマンチックにしようという動きが出ていた。

「子供のお楽しみの日」でしかなかったクリスマスを、夢見る乙女たちが変えていったのである。

まずノンノやアンアンに出たのは、「ロマンチックな場所でクリスマスを過ごしたい」というものであった。1970年代はまだ、「女ひとり旅」や「女性同士のロマンチックな旅」が求められていた。「雪に覆われた高原のペンション」や「異国情緒たっぷりの雪の函館」で過ごすことでロマンチック気分は満たされていたのだ。幸せな時代だった。

しかし80年代を迎え、彼女たちは攻めてきた。「クリスマスは恋する男女でロマンチックに過ごしたい」と言いだしたのだ。最初、意味がわからないので(なんでクリスマスなのかがわからなかった)男性側はスルーしていた。しかし女性側からの攻めが強く、ついに押し切られることになった。

クリスマスを恋人たちの日にしたい、と女性側が宣言したのは1983年である。