11月上旬、スペイン北西部、フランス国境とも接するバスク自治州、ビスカヤ県のビルバオ郊外。名門サッカークラブ、アスレティック・ビルバオの練習場「レサマ」では、バスク人たちが熱心に腕を磨いていた。トップチームだけでなく、育成年代の練習場にもなっている。
"Kaixo!(こんにちは!)"
クラブハウスから出てきた日本の中学生のような年代の少年たちが、バスク語で元気に挨拶をしながら、ピッチへ駆けていった――。
アスレティックは約300万人いるバスク人の選手のみで戦うことで知られる。100年以上にわたって「純血主義」を貫く、世界でも希有なサッカークラブである。
サッカーリーグ世界最高峰リーガエスパニョーラで、過去に2部に降格していないのはレアル・マドリー、FCバルセロナ(以下、バルサ)のみだが、彼らは主力の半分以上が外国人選手である。アスレティックは、バスク人だけで誇り高く戦いを続けているのだ。
「このフィロソフィーをアスレティックが変えることはない。バスク人だけで戦うことは誇り。少数精鋭であることがピッチにおいてアドバンテージになる」
アスレティックのBチームを率いるガイスカ・ガリターノ監督はそう説明していた。
最近になってカタルーニャで沸き立っている独立問題だが、実はバスクのほうがその意識はずっと強かった。
よく知られるETA(バスク祖国と自由)は、バスク人のイデオロギーが歪に表面化した民族主義者集団だった。テロリストとしてバスクの独立を求め、誘拐や爆破行為を常習化。70年代には首相を車ごと爆破殺害した。
80年代、スペイン中央政府はGAL(反テロリスト解放グループ)という集団を支援し、ETAに対抗したと言われる(スペイン政府側は否定)。GALは傭兵集団で、テロリストの暗殺を行った。
それでも、ETAはスペイン国王の暗殺を狙うなど暗躍し続けた。2004年には、マドリードの列車爆破テロで200人以上の死傷者を出している。血で血を争う闘争は、カタルーニャ以上の激しさだった。
では、そのバスク人たちはカタルーニャの独立問題をどう捉えているのだろうか?
11月2日、アスレティックはヨーロッパリーグで、スウェーデンのクラブであるエステルスンドと対戦を控えていた。
試合当日は昼間から屋台が設営され、気の早い人々がバーに集まった。ピンチョスという楊枝の刺さったつまみを片手に、チャコリー(バスクの微炭酸酒)やワインをたしなむ。サン・マメススタジアム(アスレティックのホーム)周辺は試合が近づくにつれ、賑わいを増した。
「スペインには守るべき憲法があるわ。それはリスペクトすべきよ。独立したいからするんだもん、というのはまるで赤ん坊の理屈じゃない?」
スタジアムに向かう通りにあるお土産物屋を経営するバスク人女性、ミゲル・マリさんは捲し立てた。バスクでは、カタルーニャの動きに眉をひそめる人たちが多数派のようだった。
「バスク人は独立闘争そのものに疲れ果てたところがあるんだよ。昔はETAの活動に賛同する人もいたし、かくまうような人もいた。しかし、結局はならず者のようになってしまった。今はカタルーニャの件も成り行きを見守っているよ」
ビルバオでバーを経営するイニゴさんは、そう言って肩を竦めた。
ETAは当時、州議会で10%に相当する議席を持っていたバスタ
ている。しかしETAは活動資金を得るため、バスク内の富裕層を
を働くなど暴徒化。次第に支持を失い、2017年4月に武装解除
「バスク人としての尊厳は捨てないつもりよ。でも例えば、言葉を守っていくのと、憲法を無視して独立を叫ぶのに符合性がないわよ。そこを混同すると、極端なイデオロギーが持ち出されてしまうわ」
試合観戦に来ていた銀行員のアランチャさんも、独立問題には慎重な様子だった。
カタルーニャ語は言語系統として、スペイン語と同じにある。一方、バスク語は「絶滅した古代語」と言われるほど、欧州のどの言語とも体系が異なる。
特異なのは言語だけでなく、血液型も遺伝型で60%がRHマイナス(※非常に稀な血液型で、日本人にRHマイナスは0.5%しかいないと言われる)。「バスク人は地球外生命体の子孫では」というジョークも流れるほどだ。
「バスクのオリジナリティは守っていきたい。それを犯すようなら、戦うべき。でも正直、カタルーニャの波が届かないことを願っている。生活があるから、面倒なことを持ち込まないで欲しい。過激な連中は、すでに騒ぎ出しているからね」
タクシー運転手のアンデルさんは顔をしかめた。正論だろう。