それは本当に「虐待」ですか?二児の母が突然逮捕・起訴されるまで

「揺さぶられっこ症候群」を問う②
柳原 三佳 プロフィール

これは虐待といえるのか

揺さぶられっ子症候群(SBS)理論は、1971年、イギリスの神経外科医が『頭部外傷がなくとも、揺さぶりによって乳幼児の硬膜下血腫が生じる』と主張し、『目立った外傷がないにもかかわらず、乳幼児の硬膜下血腫があった場合には、その乳児が揺さぶられた可能性を考慮すべき』と考察したことから広まっていったという。

その仮説は1980年代から90年代にかけて欧米で定着し、第1回目でも紹介した通り、頭部に外傷はなくても、いつしか、①硬膜下血腫 ②網膜出血 ③脳浮腫 の3徴候が見られる場合は、「最後に一緒にいた人が、その子供を強く揺さぶった犯人に違いない」という推定が独り歩きをはじめたらしい。

しかし、現在3件もの「揺さぶられっこ」による冤罪事件を担当する秋田弁護士は、様々な調査や検証を行った結果、その「決めつけ」に、データ評価の典型的な誤りが含まれていると厳しく指摘する。

「硬膜下血腫とは、脳の表面にある架橋静脈が引っ張られて破綻することによって起こる出血であり、暴力的な揺さぶりでなくても起こります。検察官は、『Bちゃんに生じていた急性硬膜下血腫等は“暴力的なゆさぶり”によるもので、そのような“暴力的ゆさぶり”は2歳児にできるはずがない』として、犯人は京子さんだと決めつけました。しかしそれは間違いです。

その決めつけの背景には、虐待を積極的に認定すべきとする医師の間で唱えられている説があるようですが、症状だけから、その原因が親による虐待行為であったと決めつけることなど絶対にできません

 

また、「暴力的なゆさぶりでなくても架橋静脈は破綻する」として、次のように主張している。

「低位落下・低位転落によって急性硬膜下血腫が生じ得ることは、発症のメカニズムという医学的観点からも、力学という物理学的観点からも裏付けられます。架橋静脈は、頭に衝撃が加わった場合に、脳実質と頭蓋骨がずれることによって伸展し、破綻しやすいことが知られています。

その結果、硬膜下血腫が生じるわけですが、乳児の場合には架橋静脈が破綻する危険性が特に高いと言われているのです。

物理学的にみても、1メートル以下の落下によって、架橋静脈の破綻を生じ得る回転加速度が働くことは裏付けられます。また、繰り返し頭部に衝撃が加わった場合には、比較的軽微な衝撃でも架橋静脈が破綻し、急性硬膜下血腫に至り、無症状のままリスクが高まってしまうこともあるのです。医学も司法も、謙虚でなければなりません」

Bちゃんは11月27日以降の度重なる頭部への衝撃によって、架橋静脈が切れやすい状態にあったとも考えられる。つまり、この事件の経緯は、まさに秋田弁護士の指摘を裏付けていると言えるだろう。

「Bちゃんが重大な障害を負うことになったのは、大変悲しい出来事です。世の中に虐待という悲しい出来事が頻発していることも事実ですし、虐待から子どもたちを守ることは重大な正義です。しかし、そのことと個々の事例の判断は別です。症状のみを根拠に、虐待であるなどと決めつけることはできません。誤った予断、推測に基づいて、事故を虐待であると見誤ることは、それ自体が重大な不正義です。

日本で発生している虐待事件では、たびたび『揺さぶられっこ症候群』が虐待の証拠として挙げられ、医師の中にはそれを裏付ける鑑定意見書を書く人もいます。しかし、科学者といえども、時として予断から自由ではありません。

裁判所には、ぜひ『虐待』という予断から離れて、冷静に証拠を評価していただきたいと思います。検察官が無視ないし軽視した事情や証拠も、予断なく謙虚に検討すべきです。そうすれば本件は紛れもない冤罪であることが明白となるはずです」

海外ではもう「非常識」

わが子がケガを負ったり、ましてや死に至るということは、親にとっては耐え難い苦しみだ。その上に、身に覚えのない虐待の疑いをかけられ、愛する子どもたちから引き離され、さらに犯罪者として長期の服役を余儀なくされるということが起こったとしたら……。

秋田弁護士をはじめとする弁護団は、学者らと共に「揺さぶられっこ症候群(SBS)」事案における諸外国の動向調査を進行中で、2017年の夏にはスウェーデンへの視察も行った。

その結果、実はすでに欧米諸国ではSBSに対する評価や認識が変わっており、このままでは日本だけが立ち遅れてしまう可能性があるという。現在、日本で立件されている乳幼児虐待事件には多くの根本的な問題が横たわっており、冤罪も多く含まれているという確信が深まったというのだ。

医師だけでなく、児童相談所職員、警察や検察官、さらには厚労省や裁判官までもが、その不確実な理論を信じ切っているとすれば、極めて深刻な事態だ。

ちなみに、厚生労働省では、『赤ちゃんが泣き止まない』という11分間の啓蒙動画をネットで配信し、「乳幼児に対する揺さぶりは脳に障害を及ぼす危険がある」と訴えかけている。(http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000030718.html

まさに、SBS理論を肯定する内容ともとれ、すでに刑事裁判でも証拠採用されているというが、このままでよいのか。

次回以降はこの問題を研究する刑法学者にもインタビューを行い、引き続き、諸外国のSBS理論における動向、スウェーデンの最高裁で無罪を勝ち取ったSBS冤罪事例、日本で今も多発する、揺さぶられっこ症候群を根拠にした「虐待逮捕」のケースをレポートする。

(つづく)